勝入にとって夢の半ばを突き崩された感じであった。 (念が足りなかった!) 怒りの裏でその後悔も胸を噛んだ。 信長のこの地での成功は、土民との不思議な親和にあったと言ってよい。吉法師
の少年時代から、彼は村から村をめぐり歩いた。村人たちと裸で相撲
もとったし、一緒に踊りの輪にも入った。そして、この地をがっしりと固め得たのが、その後の大をなす底の支えになっていた。 しかも價rつ勝入は、その信長と共に、影の形に添うような、つねに側にあって育った身ではなかったか・・・・ それだけに、 (おお、勝三郎さまがこの地に戻らっしゃたのじゃ!) 村々の古老から、そう懐
しがられる国主の夢を抱いて来たのだ。 ところが、今宵の放火はしの懐かしがられるはずの勝三郎を、村々を焼き払う 暴主に一変させてしまったのだ。 「呼べ!
呼べっ元助を」 言いながら勝入は櫓
をかけおりた。途中で何度か足をふみはずしそうになったのは、夢を打ち砕かれた打撃が、どのように大きかったかを証明してあまりある。 広庭へ出ると、味方は雑兵どもまで、異常な興奮でわき立っていた。 「焚
け、かがり火を、若大将が、敵の荒肝
をとりひしいで戻って来たのだ!」 「これで胸がすーつとしたの」 「見ろ、まだ空の色が少しもさめぬぞ」 こうした会話の中を、勝入は、眼をつりあげて通りぬけ、追手門の前にひらけた庭の幕舎
に入っていった。 「元助を呼べッ! 早く・・・・あやつ何のつもりでこのような、たわけたことをしてのけたのか」 床几
にかけて、もう一度どなって、しかし、勝入はゾーッとした。 (いったいわしは元助をみなの前で呼びつけて、どうする気なのだろう) ふと、それを想ったのだ。 武勇も器量も、人に劣らぬ元助を、斬らねばならぬというのだろうか・・・・? 「忠次を呼べ、忠次にせよ」 うかつに元助を呼んで、悔いても及ばぬ結果を招いてはと、あわてて家老の伊木忠次の名を呼んだが、そのときにはもう近侍に呼ばれて、元助の方が先に幔幕
の中に入って来てしまった。 「父上!」 と、元助は立ちはだかったまま、勝入を直視して、 「お叱りは覚悟のうえで火を放ちました」 「な、なにっ、その方ではあるまい。家来
の中にその方の命 に服さぬ奴があったに違いあるまい。むろんそれはその方の責任じゃ。したが、大切な戦の前ゆえ、直接手を下して軍律を破った奴、わしがここで成敗する。出せ、そやつを!」 勝入が憤怒と狼狽でいきなり刀を、抜き放つと、元助は笑いもせずに、父の白刃をじろりと見やってその前にどっかと大きく胡坐
をかいた。 「ほかに手を下した者はいない。斬られませ」 かがり火の焔に照らし出されたその横顔は、父の勝入以上に落ち着いた面魂だった。 |