〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part \』 〜 〜

2011/10/02 (日) 硬 骨 軟 骨 (六)

作左衛門は不意にポロポロと涙をこぼし、その涙を太い指尖ゆびさき で、畳の上へごそりごそりとこすりつけた。
家康の人選と、彼の考えはぴたりと一つに合っていたのだ。
このうえは何も言う事はないはずなのに、たった一つだけ、まだ言いたいのは老いの愚痴ぐち であろうか。
「殿もだんだん大身たいしん になられて、家臣の数も多くなったが、筑前がもとへ使いさせる者はたった一人・・・・この事をお忘れなさるな」
「分っておるわ」
と、家康も胸が詰まって様子でわきを向いた。
「こんどのことは三方ヶ原以来の、わが家の大事じゃ」
「それをうかごうたら、この作左に、もう一つ頼みがある。殿、いきき入れ下され」
「誰が為の頼みじゃそれは」
「仏心深い数正とその母、そのばばに代わって頼みたいのじゃ殿に」
「なに、数正に代わってじゃと・・・・」
「はいッ。もはや一向宗いつこうしゅう の者どもも騒ぎを起こす気遣いはない。三河での念仏道場の再興を、数正が心がけに免じてお許しなされ。きっと良い を結びましょうぞ」
家康は、それにはすぐに答えなかった。答えなかったが、さして反対の様子もなく、
「作左、数正はおぬしの家へ来ているのか」
と、軽く いた。
「数正自身ではない」
「まさか老婆がやって来たわけでもあるまいの」
作左は首を振った。
「数正が、そのような大事を肉親に告げるものか。使いに来たのは、数正が家のおとな、渡辺わたなべ 金内きんない じゃ」
「渡辺金内・・・・」
「いや、さすが数正、よい家来を持っておる。金内ばかりではない。佐野さの きん もん本田ほんだ しち 兵衛べえ村越むらこし 伝七でんしち中島なかじま さく もんばん さん もん荒川あらかわ そう と、いずれも数正が分別の深さを見習うて、土呂とろ 以来水も洩らさぬ心の結ばれ・・・・じゃが、その背後には、蓮如れんにょ 上人しょうにん 建立こんりゅう本宗ほんそう の信仰が、大きな背景になってござる」
「分っている」
と家康はかたうなずいた。
「分っているゆえ渡辺金内にそう申せ。早々そうそう に数正を浜松へ寄こすよう。それからこれはわしの内意じゃと洩らしてやれ、念仏道場のこと、家康は心にとめ置くぞと」
「ありがたや! さすがに殿・・・・」
そう言うと、作左の顔がまたゆがんだ。こんどもポトリと涙は落ちたが、作左はそれを見なかった。見る代わりにぐっと眼をつむって肩をふるわせ、それからのっそりと立ち上がった。
「では、早急に、数正が浜松へ来るよう計らいまする。ご免なされませ」
作左はそのまま廊下へ出ると、ぐっと腰を伸ばすようにしてつぶやいた。
「やれやれ、飛んだところで、数正めと根性比べになって来たわい」
その言葉の意味はおそらく誰にも分るまい。今分らぬだけではなく、永久に分らぬままに消えてゆく、歴史の裏の裏の秘事になろう。
(それでよいのだ・・・・)
と、作左は思う。人間のほんとうの根性など神仏以外に誰が知ろう。
(いや時にはその神仏も分るかどうかのう・・・・)
作左はまっすぐに大玄関へ歩いて行く・・・・

「徳川家康 (十) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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