「康長、於
勝 も呼んでくれぬか」 石川数正は、四郎次郎が城を出て行ったと知ると、嫡男を見返っておだやかに笑った。 「客人がの、おもしろいことを言ったぞ」 「おもしろい事とは、さっき父上が、しゃべりすぎると仰せられた客人のことで」 「そうじゃ。さすがにお館のお目にかのうただけあって器量人じゃが、少しこんどはしゃべりすぎた。その中でな、こう言ったわ。どこへ使いに出しても安心していられる者は、わしと鬼作左の二人だけじゃとな」 「それが・・・・おもしろいのでござりまするか」 「そうじゃ。おもしろい。あまりに目がね違いでのう。この三河には、わしや鬼作左のような者は川原の小石ほどにたくさんあるわ。まあよい。於勝も呼んで来い」 数正には男の子が三人あった。 嫡男は康長ですでに元服
しているが、次男は勝 千代
、三男は半三郎
、まだいずれも前髪立ちであった。 何もかも家康の出世に賭
けて妻帯が遅かったせいで、子供と父の年齢の差は大きい。 やがて康長が、二男の勝千代を連れてやって来た。 勝千代は体は大きかったが、まだ十四歳で、その眸
はあどけない稚 なさに光っている。 「康長、於勝・・・・わしは二人に今日ちょっと訊いてみたいことがある」 「はい、何でござりましょうか」 「おぬしたち、祖母さまから、よう仏の教えを聞いていよう」 「はい、聞いております」 弟の勝千代が答えるあとから康長は首を傾
げて、 「聞いてはおりますが、まだ知ってはおりませぬ。御仏
の教えは深いようで」 「そうじゃ」 と、数正はうなずいた。 「それゆえ、どの程度か父も訊ねてみたくなった。知らぬこと、分らぬことは、そのまま答えよ。よいか」 「はい」 「その方たちは、この父が、何でお館さまに生命をささげてお仕
えするか知っているか」 「はい」 と、兄の方が答えた。 「祖父代々のご重恩をこうむっているからでござりまする」 「ふーん、お勝はどう思うぞ」 「兄上とおなじ・・・・そのうえに、お父上は、お館さまを尊敬しているし、お好きでもあるからだと思います」 「ふーむ」 と、数正はうなずいて、 {では訊ねるが、もし、この父が、お館さまを嫌いになったり、お館さまより、もっと大きな恩を下さる方があったら、この父はお館さまのもとを離れて、その大きな恩を下さる方へ仕えるというのじゃな」 そう言われると兄弟はそっと顔を見合わせて首を傾げた。 (なんで父がこのような問いを発するのか?) 「違いました」 と、兄が言った。 「そういうお方があっても父上は行きません」 弟の方は賢
しげに首を傾げて黙っていた。 数正は声を立てて笑った。 「ハハ・・・・、お勝はずるいぞ。分らぬことを黙っているのはずるいぞ。ハハハ・・・・」 |