岡崎城も以前の構えから見ると、すっかり変わった。家康自身の功業と歩速を合わせて、城郭
も櫓 も立派になったし。それを囲む樹木の繁りも加わって、どっしりとした重さを加えている。 石垣も、濠
も、三代続いた苦闘と繁栄の秘密をそらにささやきかけている。 と言って、ついこのあいだ落ちた北の庄の城に比べては櫓も低く、敷地も狭いのだが・・・・ 「城ではない・・・・そこに住まう人の心だ」 茶屋四郎次郎は、額の汗を拭きながら、勝手
知った連尺 木戸へすすんでいって、 「京の呉服ご用を勤めまする茶屋四郎次郎でござりまするが、ど城代さまに・・・・」 と、いんぐんに申し入れた。 「なに。京の呉服商だと」 門番は四郎次郎の顔を知らなかったと見えて、 「いったい何の用なのだ。お城代さまは忙しいぞ」 「はい、浜松のお館さまのもとへ参向いたします途中、ちょっとご挨拶にまかり出ましたので」 「取り次げば、会うと思うのだなご城代が」 「はい、たぶんお許し下さると存知まする」 「よし、無駄でないと分れば取り次ぐ」 茶屋は手代を振り返って苦笑した。 万事がこの調子なのである。素朴で失礼で、そしてどこかに愛嬌
もあるのだが、物言うときには噛みつきそうな語勢である。 三河気質・・・・とでも言おうか。これが足軽小者
にまで浸透 しているので、戦となれば素晴らしく強いのだが、さて、平時の駆け引き、社交となるとちょっと困りものであった。 以前、信長
のもとへ使いした、酒井
忠次 と大
久保 忠世
の両人が、ついに家康の嫡子
信康 を窮地
に陥 れた前例もある。 ところが、こんどは信長よりもはるかにむずかしい相手の秀吉と、とにかく接触しなければならないことになったのだ・・・・ 茶屋四郎次郎は、木戸口に立たされたまましばらく待った。門のすぐ中には供待ちも対面所もあるのだから、そこで待たせてくれたら助かるのだが、そんな融通
はきこそうもない。 「茶屋どの、通らっしゃい」 「はい、ご城代さまお会い下さりまするか」 「商人」 「はい」 「その方は、ご城代と古いつきあいか」 「はい、もうかなり古くから」 「そうらしい。丁寧
に案内せよと仰 せられた。来いッ」 四郎次郎はなた苦笑して、 「では、二人の手代は、この供待ちで」 「なに、そうか。まだ二人いたか。よし、神妙に控えておれ。その方たちのことを訊
くのを忘れた」 「かしこまりましてござりまする」 手代を供待ちに待たせて本丸へ中門をくぐってゆくと、大玄関へ、若侍二人が出て来て迎えてくれた。 「茶屋どのか、こっちへ通らっしゃい」 これも、門番と同じ口調で、案内された茶屋が商人姿なのでムッとしている様子だった。 たずねる石川数正は、本丸の小書院で、しきりに祐筆
と何か話しているところだったが、四郎次郎の姿を見ると、 「おおこれは松本
氏 、さ、ずっとこれへ」 言いながら、祐筆と若侍に退
るように眼顔で知らせた。 |