中村文荷斎は、おだやかに二人の歌を勝家の前において、 「私も一首
つかまつりとうござりまするが」 と、けいけんな笑顔で頭を下げた。 「おう、心のままに・・・・」 「では、あのあとへ、続けて認めさせていただきまする」 二人の並べて書いた次に一段下げて、 |
契
りあれや 涼しき道に ともないて 後の世までも 仕
え仕えむ |
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文荷斎は同じ調子でそれを読んで、勝家の前に差し出した。 勝家は、改めてまた三首を読み返している。歌意を味わうというよりも、このあたりで自分を厳しい理性の中に律し返そうとしている様であった。 「よしッ」 と、勝家は言った。 「もう夜明けも間もあるまい。わしはこれよりひと寝入りいたそう。その間に・・・・」 と、文荷斎から、左衛門、若狭と視線を移していって、 「落ちたいものは、この天守から消えてゆくよう、男たちも遠慮はいらぬぞ」 「はッ」 「筑前は夜明け前から、攻撃を始めるに違いない。それゆえ、眼ざめたとき、この場に残ってある者は、猶予
なくこの勝家が刺し殺す。よいか、分ったのう。弥左衛門、枕!」 きびしく言い放つと、勝家は再び立って中に入った。 もはや足どりも乱れていなかったし、眼もカッと活きて来ていた。 屏風
が立てまわされた。小袖をたずさえて、侍女たちがあわてて横になった勝家の体にそれをかける。と、間もなく、屏風のうちからは耳なれたいびきの音がもれて来た。 お市の方はそれを聞くとはじめてホッと吐息をして、そのまま静かに屏風のうちへ入った。 こうして、その夜、ここを去った者は、側室づきの少女四人だけ。 そして夜がほのぼのと明けかけて、愛宕山に、貝や陣鉦
の音がかしましくひびきだしたときには、この天守は女たちのとなえる唱名
の声でいっぱいだった。 戦は早朝から始まった。寄せ手の勢いはもはや、城門を破って躍り込むよりほかにない。 そこここで白兵戦
が繰り返され、ついに侵入して来た一隊は、この天守閣の入り口にとりついた。 時に、五ツ半 (九時) ── もうそのころには、天守の上に一人の女性も生き残ってはいなかった。 お市の方は合掌
したまま、しずかに勝家自らの手で刺されていったし、女たちは、それぞれ刺し違えたのち、柴田弥左衛門や、小島若狭に介錯
されて死んでいった。 こうして、昼過ぎにこの天守の三層以上に残った者は。勝家の意地に殉じようとする精兵約三百足らず・・・・ やがて、その三百と二層まで侵入して来た寄せ手の間に、狭い階段をめぐって地獄の闘争が展開された。 |
「徳川家康
(九) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ |