姫たちが、そろってやって来るであろうとは思っていたし、来れば言うことも分っていた。 それだけに、どんなに暗く悲しい言葉が飛んでくるかと思っていたのに、意外に明るい声を聞いてお市の方はホッとした。 「おお、これはよいところへ来てくれました。母から呼びにやろうかと思うていたところじゃ」 お市の方はそう言いながら侍女を振り返って、 「用意の品々を、これへ」 と、命じた。いうまでもなく遺品のことであった。 侍女が広蓋
に載せた、懐剣 二ふりと小さな印籠
とを運んで来た。それを見ると、茶々は笑って、 「母さま、それはもういらなくなりました。いただきません」 「はて、またしても茶々どのが、妙なことを」 茶々姫は、二人の妹を見返って、笑顔のままうなずき合った。 「母さま、三人とも考え違いをいたしておりました。お許し下さりませ」 「考え違いとは?」 「母さまが、このお城でお果てなされたいと仰せられた意味がようやくみなに分りました」 お市の方は怪訝
そうに首をかしげて、 「この母の気持ちが分ったと、お言いやるのか」 「はい、ここを離れて恥辱を重ねては、ひとり母さまばかりでなく、故右府さまや、亡き父上のお名を汚
しまする。それゆえなあみんな・・・・」 茶々はそこでもう一度二人の妹を見やって、意味ありそうにうなずき合った。 「これはいよいよ分らぬことを。母の心が分ったゆえに、どうしようと言われるのじゃ」 「もう決してお止めはいたしませぬ。われらもともに、母さまのお供いたしまする。これまでのことはお許しなされて下さりませ」 茶々はそう言うと、神妙に両手をついた。二人の姫もそれにならう。 お市の方はぎくりとして言葉に詰まった。 まさか茶々姫が、考え抜いての反語とは気がつかず、姫たちがほんとうにその気になったのだと思ったのに違いない。 茶々姫はそうした母の狼狽
を確かめてから、落ち着いて広蓋を母の方へおし戻した。 「あれこれ相談いたしました。そして、恥ずかしながら、達どののお考えが、いちばん深いと気づきましたゆえ、三人ともお供いたしまする。落城のおりには母さまも薙刀
を取って戦いまするか。もしそのお覚悟ならば、われらもなあ・・・・」 「それはいけませぬ。それは困った!」 お市の方はそう言ってから、 (しまった!)
と、ほぞを噛んだ。 いったん、こう言い出すと、このくらいの言葉であとへ引き下がる茶々姫ではなかった。 (これは、考えねばならぬ。このままでは・・・・) あわてまいとすると、よけいに視線が動いてゆく。それでその視線を、思わず窓外へそらしたときだった。 花堂あたりの部落であろうか、西南に当たってむくりと大きく、狼火
か放火か、煙の渦 が縁の上へ噴き上がった。 「あ、あれを見やれ」 お市の方の指さす後ろから、三人の姫もともに立ち上がった。 戦火はこの母子の哀
しい駆け引きよりも、早い歩速で北の庄へ迫って来たのだ。 |