姉の表情に険
しい怒りを見てとると、達姫は十四歳とは思えぬ慎重さで、そっと膝の両手に視線を落とした。 そして口の中でつぶやくように、 「人間は、生くるのが仕合わせとばかりは、限らぬものではござりますまいか」 「それは、不孝に負けた弱い者の諦
めじゃ。達どの、人間はな、生きるために生まれて来たのじゃ。どんな場合にも生きて仕合わせを掴
みとるよう努める事じゃ」 茶々はまた浴びせるように言い募
る。 「では・・・・」 と、達姫も顔をあげた。 「母さまに、筑前が意に従え・・・・それでも生きよと言われまするか」 「それがこなたの早まりじゃ。まず生き残ったその上で、筑前が意に従わずとも済むような手だてを考えるのが道だと言うのじゃ。そなたもし母さまと共に、この城で死ぬほどの覚悟なら、もっと思案がありそうなもの・・・・わが身の相談はこなたを殺すことではない。討ち死にと思いつめておわす母さまの考えを、何としたらひるがえさせられるいかと心を砕いての語らいじゃ。めったな事を言うと許しませぬぞ」 達姫は、ふたたびそっとうなだれた。 「では・・・・よい思案がござりまするか、姉君に」 「おお、全くなくば話し出しはせぬ。その前にみんなの心を訊ねたまでじゃ」 「では姉君のご思案、仰せ聞けられませ」 言われて茶々は舌打ちまじりにあたりを見廻し、 「よいか、三人が揃
うて往んで、母さまに、共に落ちられるようにお願いするのじゃ」 「お聞き入れなかった時は?」 「そのときは、三人とも、母さまと共に、この城で・・・・」 「えっ、それはご本心で」 訊き返されて茶々姫はきびしく首を振った。眼も眉
もきりりとあがって、勝ち気さが、全身ににじみ出ている茶々であった。 「何の、死の道づれを求めて、おめおめ城へ戻って来るような修理のために死んでよいものか。わらら三人、母と共に・・・・そういえば、必ず母上も落ちられる。落ちさせらるれば筑前が手に渡ろうゆえ、そのときにはこの茶々に思案がある」 「そのご思案とは」 「母さまに代わって、この茶々が、きっと筑前を説いてみよう。筑前ほどの者が、かりにも右府の妹の貞節の道を誤らせて、それでよいかと詰め寄るのじゃ」 「筑前は、それで聞き入れるであろうか」 こんどは高姫が口をはさんだ。 「思うたことはきっと遂げる執念ぶかい男と聞いているが」 「何の!」
と茶々は蒼白 く笑った。 「人間にはそれぞれ弱味はあるものじゃ。人一倍見栄坊の筑前とも聞いている。母さまに、貞節の道を守らせるのが、筑前の度量を示す所以
と説きつけたら、きっと無法にはいたすまい。その事は、わが身に任せておくがよい」 「では達どの、三人で母さまにお願いしてみるとしましょう」 達姫は、しばらく、じっと考えて、それからこくりとうなずいた。 もし母を救い出すとすれば、それよりほかに方法はなさそうであった。 茶々は眉をあげて、二人をうながした。
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