茶々姫は、昨夜
(二十一日) おそく、勝家が百人あるかなしかの人数で、こっそりと」城へ戻って来たのをよく知っていた。 べつに愕
くことではなかった。 こんどの戦に全然勝ち味のないことは、はじめから分っていた。それでも、どこかで一度は秀吉に、手痛い打撃を与えるかも知れない・・・・そんな期待は持っていたが、それもできずに遁げ帰って来たらしい。 (やはり修理は、われらの実父、浅井
長政 にはるかに及ばぬ人物だったのだ・・・・) それは、実父への思慕
からばかりでなく、茶々の勝し気な気性から割り出した答えだった。 負けると分っている戦に意地をかざして出て往きながら、生きて戻るというのが姫には歯
痒 い。 (実父の長政は、立派に自決して、決して侮
りはうけなかったというのに・・・・) 朝早く起き出すと、茶々はそれとなく母の様子をうかがった。 母は案外落ち着いて、その朝も、手洗
水 を取ったあとの化粧の順序に、何の狂いも感じさせない。茶々はそれでいっそう勝家がさげすまれた。 (可哀そうな母・・・・) 先夫の長政は、きびしく武将の意地に殉
じた人だけあって、その妻を殺そうとはしなかった。ところが、勝家は母を助けようとしている様子はないようだった。 いや母だけではなく、城に帰りつくと同時に、残った家臣の総動員を命じて、最後までみんなを道連れにする気らしく見えた。 おそらく、幼い者から、居残った老人まで、すべてを招集してみても、ものの三千は集まるまい。さすれば、ここでも勝敗は決まっている。 それなのに、最後の最後まで交戦するのを
「意地」 というのであったら、意地とはまた、何とむごく他人に犠牲を強いるものか。 勝家一人の意地を貫くために、みんなに死ねというにひとしい。その無意味な行為に、母はいま唯々
として従いそうなのが茶々には何とも口惜しかった。 茶々は母の居間をのぞいて帰ると、すぐに妹の高姫と達姫を自分の前に坐らせた。 「高どのも達どのも、昨夜のことを知っていやるか」 「はい、お父上が遅く城に戻られた事でござりましょう」 末の達姫がさぐるように答えた。いつも用心深く、口数の少ない達姫が今朝は少し昂
ぶっているが分る。 「そうじゃ。戦に敗れて、惨
めな姿で遁げ戻って来られたらしい。それゆえ・・・・」 茶々姫は、わざと開いた窓から、清々
しい風の流れの込む城下の方を指さしながら、 「この町も、城も、人も、これで終わりじゃ。このままここにおったのではなあ」 達姫は黙っていた。姉が何を言い出すのか、それをじっと待つ顔だった。 「よいか、修理はいかなることがあっても、われわれ姉妹はこの城から落とすというた。むろん実行するであろうが、われわれだけで落ちてよいものかどうか、それをこなたたちに計りたい。母上の事じゃ。母上をどうしたものであろうな」 そう言うと茶々は、改めて、また、高姫、達姫と見ていった。 |