秀吉は北国街道を出ると、すぐに勝家を追わず、一度狐塚まで馬を返して戦場を見廻った。 すべてが秀吉の計算どうりであった。まだ陽の高いうちにこのあたりの一切の戦闘は終わり、彼の頭上には赫々
とした勝利がもたらされている。 しかもその勝利は去年の六月二十七日の清洲会議のおりから、綿密に組み立てられた筋書きのとおりであったと知る者が、秀吉以外に何人あったであろうか。 いまは越前の北の庄さして、みじめに敗退しつつある勝家は、秀吉の居城、長浜をあっさりと譲
られたとき、やがてそこを拠点とされての、今日の惨敗
を連想していたであろうか。 秀吉が長浜を勝家に譲ったのは、このあたりの地理も人情も知り尽くしていて、勝家との決戦場としては最も有利な場所と睨んだからであったが、それを勝家も、その子勝豊も逆に秀吉の譲歩と受け取っていなかったであろうか・・・・ おなじ去年の十一月三日に、山崎へ使者としておもむいた、前田利家、不破勝光、金森長近らが、ここではいずれも巧妙に戦場を離脱して、決して秀吉に弓を引こうとしなかった事実を、勝家は、どう考えながら落ちのびているのであろうか・・・・ 秀吉は、馬を狐塚の、勝家の陣跡にすすめ、そのあたりに散乱しているおびただしい屍体の山を見ると、ふとまた、毛受兄弟の割腹していた林間のありさまを思いうかべていた。 「さすがはおん大将の采配
、大勝利でござりまするな」 そばについて来た一柳直末が言うと、 「これで柴田勢もほとんど全滅であろうよ。それにしてもたわけた修理どのじゃ。この敗戦が見
透 せぬとはのう」 加藤光泰が相槌を打つと、秀吉はいつになくしぶい表情でわきを向いた。 「さすがに鬼柴田じゃ。妙なことを口走るな」 「・・・・それにしても、わが力を知らず・・・・」 「止せと言っている。これが、わが力を知らぬ者の戦の仕ぶりか。知りすぎるほど知っていて意地を貫く・・・・手
強 い敵であったぞ」 光泰と直末は顔を見合わせて黙ってしまった。 これもすっかり汗と埃
にまみれて、眼ばかり光っている秀吉の横顔に、いつもと違った哀愁のいろの動きを見たからだった。 「利を説き、利を与えて動く者はいささかも怖くはない。が、そのいずれをも取ろうとせず、遮
二 無
二 意地を貫こうとする者ほど厄介なものがまたとあろうか。直末、黒田官兵衛のもとへ使いしてくれ」 「は・・・・黒田どののもとへ・・・・」 「みんなで力を協
せて、すぐにこの屍体を一ヵ所に集めて葬ってやるように、それから里人たちに命じてな、敵味方の区別はいらぬ。傷ついてまだ息ある者には、蓑
、笠などを与え、手の届くかぎり労
わってやるようにと申せ。よいか。さなくば、この秀吉の意地が立たぬぞ」 そう言うと秀吉は、キラリと眼に光るものを見せて、再び馬首を北に向けた。 「光泰」 「はい」 「勝家は、どのような理が秀吉にあろうと、秀吉の下
風 には立たぬと決めている。それでは天下が治まらぬゆえ、やむなく討った。それだけのことよ。それを誤って受け取るな」 |