光泰は、いつにない秀吉の沈んだ表情に瞳をこらしてうなずいた。 言われてみれば、たしかに秀吉の言うとおりであった。 勝家の意地。毛受兄弟の意地。 そして、そのほかにもう一つ、秀吉の意地もまたあったのだ。 秀吉の命で、ただちに戦場の清掃は始まった。 屍体はそれぞれ一ヵ所に集められ、負傷者は、村人たちの手で直射をさけた樹間や谷あいで介抱された。 「さすがに、おん大将さまは慈悲深い。これなればこそお勝ちなさるのじゃ」 村人たちの声をあとにして、秀吉は、そのまま勝家を追って先発した堀秀政のあとを追った。 (いかなる事があっても屈せぬ勝家・・・・) そう見抜いているので、進撃の手はゆるめられない。 が、道々、秀吉は、諸隊にふれて、 「──
佐久間盛政や、勝家の子の権六郎などを探し出すはよいが、討たぬように」 と、告げていった。 自分に降らぬのは勝家一人。あとは説き方で降るものと見ているからであった。 こうして秀吉はその夜、越前に入って今庄
に宿陣したのだが、狐塚からやむなく北の庄めざして落ちていった勝家はどうなったであろうか。 勝家は毛受家照が、敵の進撃を支えている間に、近臣百余人を連れて、柳ケ瀬に遁れ、さらに木
ノ芽 峠を越えて越前に入った。 そして、勝家よりも一足先に引き揚げて府
中 (武
生 ) の城に入っている前田利家の城下に至るまで、ほとんど口を利かなかった。 まだ陽は高く、府中の城下は、あちこちに配した兵が日蔭を選
って点々と警備している。 (事によると、利家は、勝家の退路を邀
して討ち取る気ではあるまいか・・・・) 近臣たちの中には、秘
かにそれを憂える者があったが、勝家は、街道が城下へかかると、ひと馬を停めて柴田弥左衛
門 をふり返った。 「利家に逢ってゆこう。おぬし、城へ参ってそう申せ」 左衛門はびっくりして、さえぎった。 「それはおとどまりなされませ。さっさと戦場を離脱した前田父子。このような味方のさまを眺めたら、ないを企てるか分りませぬ」 「城へ参ってそう申せ。わしが是非とも告げておきたいことがあると」 「でも、それはあまり・・・・」 「床几
!」 勝家はそう言うと、いきなり馬を降りて、大戸をおろした町家の前の片側蔭に、つかつかと歩いて行く。 「では、どうあってもお逢いなされまするか」 「告げておかねば意地の立たぬことがある。早く行け」 そして、近侍のささげて来た床几に腰をおろすと、再びまた、むつりと虚空を瞶
めてゆくのであった。 近臣たちは万一の場合を想って、みな、勝家に背を向け、きびしい円陣を作ってゆく・・・・ この様子を見て、前田利家の警備の者もあちこちに走りだした。 |