「羽柴筑前守が近侍、石川兵助貞友、大太刀の金味、ご覧候え」 兵助はもう一度同じことを言って、紺糸縅
の具足をつけ、宿月毛
の馬にまたがって十文字槍を構えた敵将に踊りかかった。 豪刀は横に流れて、一瞬馬は突っ立った。が相手は巧みに手綱をあやつって左に煽
り、 「小冠者、よくぞ名乗った。加賀大聖寺の城主、拝郷五左衛門久盈
、来いッ!」 叫ぶと同時に、サッと槍がのびて来た。 兵助はあわてて左にかわしたつもりであったが、穂尖は右肩をつらぬいて、ジーンと疼痛
が背筋をとおった。 「うぬッ!」 手繰
られる槍につられて、血しぶきとともに兵助は相手の馬に打
つかった。 馬はおどりあがって、まや彼の太刀を引きはずした。 「主君を討たすな」 「その武者者討ち取れ」 ここまで難なく殿り軍をつとめ、佐久間盛政を無事に落とさせた拝郷五左衛門の家臣が二十人あまり、ドッと手負いの兵助を取り巻いた。 兵助の体は、しばらく、魚籠
の中の魚のように跳ねていたが、やがて斬りきざまれて、朝霧の中にその姿は見えなくなった。 「待てッ」 と、また五左衛門に追いすがって、槍をつけた者がある。 「石川兵助に代わって、見參
、福島市松正則!」 「おう、大聖寺の拝郷五左衛門じゃ」 パッと土煙が立ったのは、あたりが湖岸の赤土道だからであった。 土煙の中で、馬が立ち、槍がきらめき、ねばった叫びがもつれあった。 と、すぐ次の瞬間には、甲
高いいななきを残して、馬は北へ疾走し、地べたには、首のない拝五左衛門の屍体
が妙に短く横たわっていた。 「羽柴筑前守は近侍、福島市松、大聖寺の拝五左衛門は首、討ち取ったり」 戦場は討っては移動し、討たれては移動して、北へ移るごとに、北国勢の数は見る見るうちに減っていった。 加藤虎之助清正が、山路将監に追いついたのは清水谷口の手前にある松の古木の下であった。 「やい、遁
げるか、臆病武士」 清正はいきなり馬を相手の前に乗りまわして、ぴたり、槍をつけていった。 「羽柴筑前守が近侍、加藤虎之助清正。うぬが名は」 「おう、知らずにかかったか、山路将監、来いッ」 「行く!」 清正は例のちぎったような言葉で応えて、パッと馬から飛びおりた。 ここでは土煙の代わりに双方の一挙一動が、悲しいまでによく見えた。しかもこのころには、雑兵の足はもはや立ち止まれぬ敗軍の流れに変わり、虚実を尽くして戦った二人が、 「かくては果てじ。いざ組まん」 「おう!」 松の根方ではげしく上位下してゆくさまを、近寄って見る者さえ稀
であった。 「山路将監が首、加藤虎之助が・・・・」 朝の陽は、あざやかに青葉を照らした。余呉湖の湖面は清々
しくきらめきわたっている。 だだ人間だけは、血を追い、血を求めて、阿鼻
叫喚 の地獄絵を、坂から谷、道から草むらと、あたりいっぱいにひろげていた・・・・
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