相変わらず乾ききった手で、粉雪は雨戸の面をあらあらしく撫でてゆく。 時々建物全体が
、不気味な音を立ててきしんだ。 「父は・・・・」 権六郎はお市のゆがんだ表情を見るにしのびず、眼を閉じたまま呼吸をととのえた。 「父は、姫たちはむろんのこと、母上にこの不運を担
わせたくないと言います。それでのうては浅井長政どのと士道の勝負で負けになる。それゆえ、相なるべくは、母上を、ここで別離して来るように・・・・しかしこれは父に意見、母上にご意見あらばうけたまわりとう存知まする」 「離別を・・・・」 「はい、今のうちならば、府中の前田利家を通じ、さらに丹羽長秀か、細川藤孝の手もとへみなを送り届けられる。万一合戦となってからでは士気にもかかわる事ゆえ、その道もとざされるやも計られぬ・・・・と、父は案じておりました」 あまりのことにお市の方は痴呆
のようにな眼をして答えもない。 「それに・・・・」 と、権六郎はいよいよ静に言葉を続けた。なるべくこの不孝な、若い母を愕
かせまいとするのであろう。 「お茶々どのから、この権六郎へ、内々に話もござりました」 「な、な、なんと言われまする。茶々から、若殿へ」 「はい」 権六郎は開きかけた眼を、また改めて閉じ直して、 「若い者には若い者の心が分ると、思われたのでござりましょう。私に本心を聞いてたもれと甘えて言いました」 「なんと・・・・なんと、申したのでござりましょう」 「女子は男たちの玩具
ではないと言われました」 「それならば、あの子の口癖でござりまする。ほかに何か・・・・」 「実父の浅井長政どのと、伯父の右府さまの争いで、何も知らぬ私たちは、さんざん悲しい目に会うた。またここで、自分たちには何のかかわりもない事で、義父と筑前の意地や争いの犠牲
になる・・・・それでは何のために生まれてきたのか分らぬと言われました」 「まあ・・・・そのようなことを!?」 「この権六郎にはよく分りまする。戦国の世では男は女の意見など・・・・聞いてやりとうても聞き入れられぬ。もっと切
ッ羽 つまったぎりぎりの世界におかれている。私は茶々どのに詫びました。悲しいことじゃが、許してたもれと・・・・」 「それで分ってくれましたか」 権六郎は微笑して首を振った。 「私の言葉に同意させようとして詫びたのではござりませぬ。茶々どのの心はよく分ったゆえ、必ず三人の生命は助けるように取り計らおうと、権六郎勝久、固く約束しました」 「それで腑
におちました!」 思わず、お市の方の声がはずんだ。 「賦におちられたとは?」 「されば・・・・あの子は先ほどこの母に、子たちの母か、良人の妻かと、強い言葉で責めていきやった。双方の、母であり妻であると答えたら、それなら母はいらぬゆえ、立派な妻におなりなされと、叱りつけて出て行きました」
|