お市の方は、良人も愛おしいし、子も愛おしい。そんな気持ちがあるものだということを、もう茶々姫に理解させておかなければ・・・・そう思って逆に問いかけていったのだが、茶々姫の方では間髪
を入れず、 「分りました」 と、鋭く答えた。 「母さまが、そのお気持ちなら、もううかがうことはございません」 「茶々どの・・・・」 お市の方はまた新しい不安に襲われ、 「分ったとは、どのように分ったのじゃ。良人も愛おしいが子も愛おしい・・・・」 「分りました」 茶々姫はまた斬り返すように、 「それならば、もはや母さまは、私たち姉妹の味方ではございません。母さまを楽にしてあげましょう。良人だけ愛おしい女子におなりなさるがよい。私たちは母さまから愛おしがられようとは思いませぬ」 「まあ・・・・」 お市の方は思わず息をつめて眼をみはった。 (いったい、この子は、何を考えているのだろうか・・・・?) 母を憶い、妹たちの身の上を案じて、だんだん感情を昂
ぶらせて来ているのだと解していたが、今日の態度のうらには、それだけでは割り切れない、ある種の冷たさが感じられる。 母の愛情を奪われたという、義父への嫉妬とも違うようだし、母の身を案じる温かさの、裏のせえりとも違っていた。 「茶々どの」 「何でござりましょう。もう茶々には母さまのお心がよく分った。それゆえ何もうかがうことはございません」 「そなたの方になくとも母の方にある。こなた何か決心している事があるのであろう」 「ホホ・・・・」
と、茶々姫は笑った。笑いながらそのまま座を立って、 「生きているのですもの、茶々も二人の妹も。決心しなければならないときには決心します。でも、それは母さまに、何のかかわりもないこと・・・・母さまは、良人のためにお生きなさればいいのです」 そう言うと、ツーンと顔を立てるようにして、さっさと部屋を出て行った。 あまりのことに、お市の方は呼び止める機会もつかめず、追いかけてゆく心の用意も整っていなかった。 とにかくこの城にやって来て、この冬を迎えてから吹雪いているのは外ばかりでなく、この母子の間にも先の見えない冷たい白魔が吹雪きだしている。 「──
決心しなければならない時には、決心します」 そう言いきった言葉の裏に、何か三人で相談しあっている事があるようだった。 (そうだ達姫は言うなといえば口は堅いが、高姫にあとで訊けば分るであろう・・・・) お市の方は、手を鳴らして侍女を呼び、火桶の火をつがせ、いすくんだようにその上へ手をかざした。 と、そこへもう一人の侍女がやって来て、 「権六郎君が、奥方さまにお目にかかりたいとお渡りでござりまするが」 権六郎勝久は、父の幼名権六をそのまま継いでいる勝家の嫡男で、年齢は長浜城の勝豊よりも二つ下であった。 「若殿が・・・・何のご用であろう。とにかく、これへ」 そう言おうと、ドキリと胸にこたえるものがあって、お市の方はうろうろと立ち上がった。
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