「達どの、お泣きなさるなッ」 茶々姫は、やりきれなくなって末の妹を叱りつけた。 「この茶々はお二人の争わないのがたまらなかったのじゃ。争うはずなのじゃ。仲のよいいわれはない・・・・それゆえかえってホッとしているのじゃ」 達姫はびっくりしたように姉を見上げて、それでも素直に涙を拭いた。 「あ、母さまお一人になられた。茶々はお話があるゆえたずねて来ます。二人もその間に身じまいをなさるとよい」 勝家の暴々
しい足音が廊下を去ってゆくのを確かめて、茶々姫は急いで小袖を重ねて部屋を出た。 いぜんとしてどこもかしこも陰気で暗い。 「母さま、お邪魔をいたします」 茶々姫はわざと強い語気で入っていって、お市の方があわてて涙を拭いているのを見ると、 「母さま、うかがいたいことがござりまする」 近々と母のそばへ坐って、火桶
をぐっと手前に引いた。 侍女たちはわざわざ遠ざけたのか、そばにはいない。 「何であろう、茶々どのは」 「うかがいたいことがござりまする。母さまの今の涙、それは、何の涙でございましょう」 「まあ急
きこんで、何の涙などと・・・・?」 「それは、心のうちを義父に言い当てられ、その場を取りつくうための涙でござりましょうな」 「茶々どのが、またしても妙なことを・・・・」 「では、どうした涙でございましょう」 「聞きたいとあらば申します。つくづくわらわは身にしみました。修理どのは、打つべき手を打つことよりも、戦が好きな生まれつきと分りました」 「男はみなそうかも知れませぬ。戦をさせなかったら、何をしでかすやら・・・・争いは地上に消えぬ・・・・と、神仏がお知りなされて、それで男をこの世に作ったのかも知れませぬ。が、茶々の訊
いているのはそのような事ではない。母さまの涙でござりまする」 「それゆえ、どのようにわらわがすすめてみても、一向に聞き入れません」 「聞き入れないから泣いたのでござりまするか」 「さあ・・・・?」 母さまが想うているほど、修理は母さまを想うてくれぬ・・・それが悲しゅうて泣いたのでござりまするか?」 「まあ・・・・茶々はそのようなことを訊いてどうするのじゃ」 「覚悟しなければならない事があるゆえ、うかがいまする。それとも・・・・母子四人が安泰でいたいゆえ、それであれこれと口を出すと言われた・・・・義父の言葉が当たっていたゆえ泣いたのか・・・・この二つよりほかにはない・・・・どちらの涙か、それをお聞かせなさりませ」 お市の方は呆
れたように茶々を見つめていた。が、やがてポーッと頬に紅を散らしていった。 茶々姫の質問は、良人が愛
おしいのかわが子が愛おしいのかと、それを問い詰めて来ているのだ。 無理もない。母一人だけは手離すまいと、必死で生きて来た不運な娘たちだったのだ・・・・ 「茶々どの」 お市の方はわざときびしい顔になろうとつとめながら、 「殿も、姫たちも、両方愛おしいゆえ泣いたのじゃ・・・・と、答えたら、こなたは何となされます?」
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