三人は期せずして立ち上がり、高姫が先に立ってそっと冷たい廊下へ出た。 (義父と母が言い争う・・・・) そのようなことはかってなかった事だけに、じっとしていられなかったのだ。 廊下のもあちこちに粉を吹きつけたような吹雪の凍りつきができている。それを踏むと小さな足跡がしのままつくので、三人は体を寄せ合うようにして母の居間の入り口の襖
に耳をつけた。 「いかに事志と違えばとて柴田修理、女性
の指図は断じて受けぬ。口が過ぎたと思わぬか、お方
は・・・・」 どうやら勝家は怒って突っ立ったまま、お市の方を叱りつけているらしい。 「でも、徳川どのがお味方下されば筑前も考えようものを」 「言われるまでもない。そのような手は打ってある」 「打っても相手が動かぬのでは打たぬも同じ。なぜお使い番などお使者になされました。殿の身を思えばこそ、申し上げるのでござりまする・・・・お使い番が、しじら三十巻に真綿
百把 鱈
五本ばかりの贈り物をたずさえて行ったのでは、徳川どのは笑うだけでござりましょう。もしまた笑わずとも、修理が甲・信の平定を祝うて使いをよこした・・・・ただそれだけで済んでしまいまする。それよりも、きちんとした大名格の者を使者に立て、堂々と助力を乞うが上
分別 、今からでも遅くはないと申し上げているのでござりまする」 廊下に立っている三人の姫たちは、思わず顔を見合わせた。 これほどハッキリと物を言う母をはじめて見たのだ。 高姫と達姫は、 (さすがに、わが母・・・・) と頼母
しく思い、茶々姫はいっそう悲しく、胸かきむしられる気持ちであった。 はじめには修理を拒んでいた母が、今では平凡な良人思いの妻に変わっている。 (この悲劇の中で、・・・・女とはまた、何と正直な哀れな心根のものであろうか・・・・) 「お方が、それほど、言い張るならば申し聞かそう。勝家が家人
に、徳川どのを説き伏せるだけの人がないのだ」 「いいえ、人がないとは存じませぬ。富山の佐々
成政 どの、嫡男の権六郎勝久
どの、金沢の佐久間盛政どの、大聖寺
の拝郷 五左衛
門 どの、小松
の徳山 徳五兵衛
どの、敦賀 の尾藤
知次 どの・・・・」 お市の方が、指を折りながら名を挙げると、 「ならぬ!」 ついに勝家の癇癪
は爆発した。すでに手にしていた湯呑は投げて床の間で砕けている。こんどは畳を蹴って出て来そうなので、三人の姫はあわてて自分たちの居間に戻った。 「お方は、わが身のためと言いながら、その実お方親子のために計ろうとしているのだ。それほど親子の安泰が期したくば、お方自身、筑前がもとへ質に参って哀れみを乞うがよい」 怒声は筒抜けに姫たちの居間に聞こえ、同時にワーッと泣き伏す母の声が、暗鬱
な廊下を越えて流れて来た。 茶々姫はじっと唇をかんだまま。 いちばん勝気な末の達姫が、急に夜具に上へぺったりと坐って、シクシク泣き出した。 |