茶々姫はまたウトウトと眠ってゆく高姫が憎らしくなって来た。 (この人はお母さまと同じように、どんな運命の波にも見を任せ得るというのだろうか) 「高どの」 呼んでみたが返事はなく、軽い寝息がもれて来た。 茶々姫はまた腕をのばして、キュッと鼻をねじあげた。 「痛いッ。まあひどいことをなさるお姉さま」 「高どのは、私にばかり考えさせて、ずるいとは思わぬかえ」 物言うたびに、まっ白な息がそのまま夜具の襟で小さな水の玉になってゆく。それを荒々しく掌
で撫 でて、 「起きましょう。こうしている間も私たち親子四人の破滅の時が近づいているのです。覚悟だけはハッキリと決めておかねば」 茶々姫が起き上がると、高姫もしぶしぶと起きて夜具の上に坐った。 「どう騒いでみても仕方がないから、私はお姉さまのおっしゃるとおりにいたします」 「それは、無責任な甘えというもの、かなわぬまでも考えて、できることがあったらすることです」 「でも、それはお母さまや、お姉さまにお任せします。その代わり決めた事には従いますから」 「高どの!」 とうとう茶々姫は怒ってしまった。まだ艶冶
さはなく、整いすぎた顔が、そのため一層きつく、近寄り難い感じであった。 「ではこなた、決めた事に従いますね」 「従いますとも、仕方がない」 「ではすぐにこの城を、こなた一人で脱け出すがよい」 「え!?
この吹雪の中を・・・・」 「そうです。そして、京へ行って筑前が側女
になるがよい」 「まあ、ひどいことを・・・・」 「側女になったうえで、どのような事があっても、私たち親子四人の生命は取らぬ、必ず救い出して迎え取る、という誓書を書かせてみるがよい」 「お姉さま、本気でそのようなことを・・・・」 「それごらん。できないであろうが」 「それは・・・・そのようなこと・・・・」 「それゆえ、従いますなどとは言わぬものじゃ。こなたと私は一つ違い、母上さまには相談しても無駄なこと。達どのはまだ幼い。さすれば私の話し相手はこなた一人、よく考えてみるものじゃ」 言われて高姫は肩をおとし、上目
でじっと姉を見やって黙ってしまった。 外の風はいぜんごうごうと猛
り狂って、雨戸に当たる粉雪の音が耳についた。 「お姉さま、寒い! 夜具を肩にかけましょう」 自分が悪いと思ったのか、じっと眼を血走らせて坐っている姉が哀れになったのか、高姫がつと立ったときであった。 今まで眠っていたと思っていた末の達姫が、いきなりきるりと布団の上へ起き直って、 「シーッ」
と高姫に言って、耳を澄ました。 「どうしたのです。達どのは」 「シーッ、お母さまとお父さまが」 「え!?」 何か言い争っています、ほら・・・・聞こえます」 言われて、茶々姫は膝を立てた。と、廊下を隔
てた母の居間から、ガチャリと何か茶器でもこわすような音がして来た。 |