「殿・・・・」 と、勝兵衛は不審がって声をかけた。 「シーッ」
と、比田帯刀はそれを制して、自分も光秀のあとを追った。 再びシーンと竹薮は静まったが、その中に伏兵ありと察して光秀は駆け出したのに違いない・・・・帯刀はそう思った。 勝兵衛も帯刀の制止の意味をすぐにさとった。わざと彼は進士作左衛門を振り返って、 「お館、伏兵があるかも知れませぬ。ご用心を」 と、あたりへ聞こえるように言った。 「心得た。みなも用意」 光秀をかばおうとして、作左衛門は光秀になりすました。 空はほのぼのと明るみだったが、竹叢
にはさまれた道は暗い。人影は見えても、具足の色や顔の見えるはずはない。 光秀、帯刀は先駆けして、作左衛門、勝兵衛の順になった。 そして、ものの七、八間も駆け出したかと思うと、右手の藪がカサカサッと鳴り、いきなりそこから竹槍がくり出された。 進士作左衛門は、危なく馬上でそれを躱
し、斜めなぐりに切っ先を斬りおとした。 斬りおとしながら、先行した光秀の身を案じて、 「ウーム」 と、手負った真似
をした。 この真似は見事に伏勢をあざむいた。 「ワーッ」 と、十人近い人々の声が、道の両側から誘い出された。 「怖くはないぞ、大将らしいのに一突きくれたぞ」 「出て来てかかれ。みんなかかれ」 「今じゃ今じゃ」 その動きと越えは、敵の正体をはっきりと作左衛門や勝兵衛に知らしめた。 「土民じゃ。駆け散らせ!」 と、勝兵衛はどなった。 「案ずるな。伏せる者は落人狩の物盗りじゃぞ」 「おう!」 うしろから駆けつけた三宅孫十郎は槍、堀尾与次郎は太刀で、黒い影がもつれ合って道をふさいだ。 勝兵衛は作左衛門のわきをすりぬけて、 「案じられる。ご免!」 味方にだけ通ずる言葉を残し、そのまま前へ疾走した。 再び月は暗くなった。バラバラと竹の葉にあたるのは雨であろうか、露であろうか。 叢林が人家に近づき、所々に竹垣が混じりだした。 殿ともお館とも呼ぶことは憚
かられるので、勝兵衛はわざと馬に鞭をあて、 「それ行け! それ行け!」 とにかく見透しのきく所までと、鞍に上体をつけ、前方をのぞく姿勢で、光秀のあとを追った。 そして弓なりに右へまがった曲がり眼の竹垣の前まで来て、前方に道をふさいで立った馬影を見つけ、ドキンとして鞍を降りた。 まぎれもない光秀の乗馬・・・・ 「殿!」 我を忘れて路面をすかし、そこから四、五間先に落馬し、脇腹をおさえて、かがむ光秀を見出すと、一瞬、茫然として立ちすくんだ。
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