〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part \』 〜 〜

2011/08/27 (土) 戻 り 梅 雨 (九)

「もはや、味方は総崩れ、藤田勢の押し太鼓も、三宅藤兵衛が陣鉦も聞こえなくなってござりまする・・・・それに」
と、言って勝兵衛はうなだれて坐っている進士作左衛門と、村越三十朗に眼まぜをして、
「洞ケ峠にあった筒井順慶が軍勢、にわかに山を降って、淀方面の味方に挑戦して来たとの らせもござりました」
「なに順慶が・・・・」
光秀は、思わず眼を怒らせて、次には、咽喉のど ぶえ から風のもれるような声で笑った。
「ハハハ・・・・あれのやりそうなことよ・・・・そうかとうとう順慶めが・・・・」
歯牙しが にもかけないと言ったように笑ったが、しかし、これほど大きな衝撃はなかった。
敗戦だけではなくて、盟友たちにも見放された孤独感が、ギリギリ心に爪を立てた。
(いったいこれはどうしたのだ・・・・)
わずか二刻ふたとき 足らずの戦の間に、五十五年の光秀の生涯は、凄まじい速度で、真っ暗な深淵しんえん に転落していったのだ。
悪夢といってこのような悪夢があるであろうか。
信長の短慮を怒って兵を挙げたはずの光秀が、信長よりもはるかに短気で、はるかに無思慮であったことを、さまざまと思い知らされたのだ。
信長には、とむら い合戦をする家臣があり、幾人かの子供も残っていた。しかし光秀がここで死んでいったら何が残るだろう。
弔い合戦をする家臣の代わりに、賊名が残り、婿たちにまで裏切られた嘲笑と、一族抹殺の悲劇が残って行こう。
(短慮だった・・・・・例えようもなく短慮であった・・・・)
信長の冷酷さをいきどお って、みずから招いたこの十余日の底知れない辛労。不眠不休のこの努力を、信長のために奉げていたら、どうなっていたであろうか・・・・?
少なくとも賊名下で一族を殺さなければならないようなみじめさにはなってはいまい。
(わしの計算は始めから誤っていたようだ)
「よしッ」
しばらくして光秀は勝兵衛に言った。
「いったんこの城は出るとしようぞ」
「落ちて下さりまするか」
「いや、落ちるのではない。次に備えて坂本城まで天退しよう。このままでは死にきれぬ」
みんなは始めてホッとした。
「ではすぐさま馬の用意を。戦の模様が土民に知れては難儀が増すゆえ、寸時も早よう」
光秀は三宅孫十郎と、村越三十朗に抱えられるようにして立ち上がった。
光秀が落ちることを聞き入れたと知って、比田ひだ 帯刀たてわき と三宅藤兵衛は城内の残兵をかり集め、南口へ陽動させた。
そして、敵がその方へ気を取られている間に、光秀主従六騎は、二騎ずつ三組に分かれてこっそりと久我こが なわて 口へ忍び出た。
このまま死んだのではあまりに一族の者へ冷酷すぎる。ここでは生き伸びるだけ生き伸びて、みんなのために計ってやるのが、せめてものわが責めと分別したのだ。
まっ先に溝尾勝兵衛と村越三十朗。次に光秀と進士作左衛門。うしろの警戒は三宅孫十郎と堀尾与次郎。
雨はやんだ。
十三日の月が時折厚い雲の間から、ほのかに輪廓だけをにじ ませる・・・・

「徳川家康 (八) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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