戸外の空はいぜんとして暗くかげり、小やみない雨音が陰気にあたりへ立ち込めている。 並んだ二人の姫は、おそろしいほど信康によく似ていた。 十一歳から双生児のように共に過ごして来た相手の子。夫婦としては、時に腹立たしいこともあり、争ったこともあったが、それはみな自分自身をもどかしく感ずる感情によく似ていた。 人間が自分の手足にことさら感謝はしないと同じように、当然あるべきものとして、少しも疑わなかったところに様々な不平も愚痴もあったのだった。 それがいま、徳姫のそばから引き離された。 ただ引き離されたと思うだけで、徳姫は、自分の手足を断たれたような狼狽を感じている。 十一歳から二十一歳までの十年間、いわば徳姫の生涯の全部と言ってよく、信康はすでに姫の体の一部であったと・・・・今さらのように思うのだった。 「姫たち・・・・」
と、また徳姫は言った。 「こなたたちのためにも、このままには捨ておけませぬ。なあ、殿はこなたたちにはたった一人の父御
であった」 姫たちは手まりを禁じられて、プーッと頬をふくらましている。 「わらわは、これから安土へ行かねばならぬ。そして姫たちのために、大事な父御を取り戻して来ねばならぬ」 「お母さま、安土というはどこの国じゃ」 「安土は近江の国、こなたたちのおじい様のお城じゃ。こなたたたちのことを、事を分けて話したら、おじい様もきっとご了見なされて下さるに違いない。そうじゃ。安土へ行かねばならぬ・・・・菊乃、菊乃」 使い番の老女を呼ばせ、平岩親吉に相談してすぐに旅支度にかかろうと思ったのだ。 と、その徳姫の前へ、老女の一人が、あたふたとやって来た。 「御台所さま、大殿さまが、これへ渡らせられまする」 「えっ、舅御さまが・・・・そうか。ちょうどよいところ、舅御さまにこの身から旅立ちのことお願い申し上げよう。その間、姫たちをあちらへ」 「はい。さ、姫君さま、ばばとあっちへ行きましょう」 子供の去るのと入れ違いに、武装した家康は石川太郎左に案内されて徳姫の居間へやって来た。 兜
は大久保平助がささげ、太刀は井伊万千代が持って従っている。 「あ、これは舅御さま、ようこそいらせられました」 家康はそれに眼をそむけるようにして上座へ歩くと、太郎左の据える床几に腰をおろした。 「よく降るあめじゃのう姫」 「は・・・・はい」 「こなたももうお聞き及びかも知れぬが、実は、三郎めに不都合のかどがあっての、この城から追放したぞ」 「あのう・・・・そのことについて、舅御さまにお願いがござりまする」 徳姫は蒼白な顔をあげて、それからあわてて両手をついた。 「何とぞ、私を安土へやって下さりませ。お願いでござりまする」 家康はじろりと太郎左と顔を見合った。姫の身が危険を感じていると思ったのだ。
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