結果がよければ二人別々に戻って来るはずはない。それに九八郎信昌の報告を聞いた上で態度を決したと思われるのはたまらなかった。 やがて大久保平助と共に、本多作左衛門が、半分眠っているような表情でやって来た。 「本多さまが見えられました」 平助はそう言って退っていったが、家康はまだ眼を開こうとしなかった。 「殿、居眠りなされてござらっしゃりまするか」 「・・・・」 奥平信昌どのが戻られたとか、何ですぐにお目通りを許しませぬ」 「作左」
と、家康はいぜん眼を閉じたまま、 「わしは明日、岡崎へ発とうと思う」 「なるほど」 作左はこくりとうなずいて、 「お供はいつでも出立できるよう、揃えてござりまする」 「わしは不肖の子を持った。岡崎へ立ち越えて、ただちに、三郎信康を牢人させようと思うておる」 「ほほう、三郎さまにどのような不都合がございました」 作左はさすがにとぼけた言葉とは反対に、眉間の皺が悲しげに震えていた。 「今はの、乱れきった世がようやく新しい秩序を見出そうとしている大事な時じゃ」 「ごもっともで」 「織田の右府さま、せっかくこれまでのご苦労が実りかけての、その大切な時に、右府さまも婿であることをよいことに、領民を苦しめ、父にさからい、重臣と争う・・・・そのうえ」 家康はごくりと唾をのんで、声のふるえをおさえながら、 「乱心している築山御前が、武田家へ内応しているを、見て見ぬふりしたは許せぬとがじゃ」 「たしかに」 「それゆえ、わしみずから岡崎へ立ち越えて処分する。と、言って、三郎は右府さまの婿、何のお届けもせなんだら、あとでおとがめがあるやも知れぬ。それゆえ、使い番の小栗大六を遣わし、安土へこの旨届け置こう。依存はあるまい」 「はい」 作左はとうとうたまりかねてわきを向いた。 (何という強靭
さであろうか、この殿は・・・・) 作左の判断によれば、酒井忠次も奥平信昌も、弁疏は聞き入れられなかったが、 「── ではお請けいたしまする」 と、切腹を引き受けて戻るとは思われなかった。 したがって、二人のあとを追うようにして、信長の詰問使は安土を出発しているに違いない。 家康はそれを見ぬいていて、詰問使と入れ違いに、信康を処分する旨、こっちから信長に届けさせようとしているのだ。 どこまでも信長の命令で動いたのではない。わしはわしの一存で・・・・そう言いたい家康の肚であろうと思うと、まともに顔は仰げなかった。 「異存はないと見えるの。では、さっそく、大六を安土へ発たせる。その方、これへ呼んで参れ」 家康は低い声でそう言って、はじめてそっと眼を開いた。 作左衛門は顔をそむけたまま、 「では、すぐに」 小腰をかがめて立ち上がると、音もたてずに出て行った。
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