「大殿!
この親吉は・・・・大殿を怨みまする」 親吉はまだ子供のように泣きじゃくりながら 、 「大殿には、この親吉の心が、まだ分らぬ」 「分っている。分っているゆえ許せぬのじゃ」 家康はそっと眼頭をおさえてわきを向いた。 「いいや分らぬ!
われらはそれが怨めしい!六歳の折からおそばにあり、大切なご嫡男の養育を任された・・・・それで、この親吉の心は隅々まで通じたものと思うて、喜んでいたのが怨めしい。大殿!
この親吉は、なみの忠義や義理でこのようなことを申し上げているのではござりませぬ。この親吉はそんそこから大殿に惚れて来た! それゆえにこそどのような難儀も難儀でなく、いつもよろこびでござりました・・・・ところが大殿は、この親吉の言葉をなみの忠義、なみの律儀と判断して、かえってわれらを労わられる。労わられて喜ぶ親吉と、思われたのが口惜しい・・・・大殿!
大殿にはこの親吉の三郎さなへの愛情もお分かりなさるまい。万が一、三郎さまが切腹なされた後、この親吉が、おめおめ生きていると思われまするか!」 「七之助!
黙らぬかッ」 「いいえ黙りませぬ。大殿だけはわが心をと・・・・この親吉が信じきって生きて来た、胸の灯明を吹き消された。黙るものか、この親吉は、何度でも言いまする。大殿をお怨み申し上げまする」 こんどは家康が唇をかんではげしく肩を震わしだした。 「七之助・・・・もう黙らぬと許さんぞ」 「おお、許されないとて怖れるものか。この親吉、三郎さまに先んじて牢人
し、安土の城門前で切腹して、腸
を新城の門扉に叩きつけて果てまする。それでなければ、この口惜しさは納まりませぬ」 「黙れッ!」 と、また家康は一喝した。 「逆上するな七之助。こなたの心など鏡にかけたほどよく分る。分るゆえ切腹は許されぬという、わしの言葉が、うぬには理解できぬのかッ!」 「できませぬ」 「頑固な奴だ。のっけから首を振らずに、わしの言葉をもう一度よく口の中で噛み直せ。よいか、わしは武将じゃ。平和をのぞみ、正義を口にしながらたくさんの人を殺
めて来た・・・・そのわしが、わが子の愛に溺れて、家中の柱と他人の認めるその方を、むざむざ殺してよいと思うか。その方を首にしたあとで、信康も切腹させられたら、わしはいったいどうなるのじゃ。家康は人殺しの罪さえ悟らぬ無道者。わが子のために、血迷うて大切な重臣も殺したうえで、わが子も失うたあわて者・・・・と、人はあえて笑わずとも、そのようなたわけ者に神仏の加護はありようがないと、もしおのれの心がぐらつき出したら何となるのだ。この家康は、この世に、人を殺めるために出て来た罪業の塊
になり下がる、と気がつかぬかッ」 「・・・・」 「七之助・・・・おぬしはおれに惚れていると言うてくれた。三郎に対する愛情も、やむにやまれぬ切ないものと、分れば分るほど、おぬしの首を討てぬわしの心を分ってくれ」 「・・・・」 「のう七之助、神仏がこの家康を見放すまで、うぬは先に死んではならぬぞ!」 親吉はなだ射ぬくような眼をして、じっと家康を見上げている・・・・ |