強右衛門の聞かされていた勝頼は、酷薄残忍な大将ということだった。 それが、心からの感動を面に見せて、八ツ裂きにしても足りないはずの自分を、労わって取らせと言ったのだ。 穴山玄蕃頭に付き添われて、勝頼の前から本陣わきのお伽衆
のたまりへ、強右衛門は何となく力抜けのした感じで引き立てられた。 その溜りには医者らしい者や、祐筆
らしい者のほかに、坊主頭の同朋衆
などが詰めていたが、強右衛門の知っている顔はなかった。 それらの眼がいっせいに強右衛門へそそがれる。すでにここでも噂になっていたに違いなかった。 「ここへ来て坐れ」 穴山玄蕃頭はそういって右隅へ自分も大きく胡坐
をかいたが、まだ縄を解かなかった。 「強右衛門」 「なんでござる」 「おん大将は、ああ仰せられた。その方を根性ある者と見抜かれれ、助けたいおぼしめしと相分った。が、その方を任されたわしとしては、このままは許せぬ」 「ご存分になされても、一向にそれがしは苦情はござらぬ」 玄蕃頭はそれに答えず、 「これはわしばかりではない。諸将のいずれも憤激している折ゆえ、このまま助けたとあっては、みなが納まるまい」 「そうでござろうなあ」 「そこで、その方に相談じゃが、その方一つここで手柄を立てぬか」 そう言われて強右衛門は何という事なしに、 「やれやれ」
と、ため息ついた。 「そんな意味が、おん大将の言葉の裏にあったのならば、これから先のことは言うても無駄とおもわれたがよい」 穴山玄蕃頭は一瞬けわしい顔になり、すぐまた平静にもどった。 「おん大将の言葉に裏などあるものか。おん大将は助けよと言われた・・・・しかし、このまま助けては他の者が承知すまい。どこかでその方はなますのように斬りきざまれよう。それゆえわしは、その方が無事であるためには、みんなを承服させる手柄が必要だと言っているのだ」 「そうしたものでござろうかの」 「城内では」
と、玄蕃頭は口調を変えて、 「その方の帰りを待っていよう。のろしで、その方が城の近くまで戻ったのは分ったが、それ以上に細かいことの知りたいのは人情じゃ」 「いかにも」 「それで、わしがその方を城の外にまで引き立てる。そこでその方は、城内の者に向って、こう言わぬか
── 援軍はまだまだ来そうもないと。それだけでよいのだ。それだけ言えば、その方へ誰も危害を加えようとする者はあるまい」 強右衛門、はゆるい水車のように、一つ一つ重くうなずいて聞いていたが、 「では、たったそれだけでこの縄を解いてくれると言われるか」 「そうじゃ。援軍は来ぬ・・・・と言えば、もはや城内の者も城を開こう。さすれば城中五百人の命も無事というもの・・・・これも一つの慈悲なのじゃ」 「相分った!
なるほど、その慈悲、この強右衛門がつかまつろう」 この答えで、周囲の人々が、ホッと一息つくのがわかった。 |