酒井忠次の蝦すくいの狂言は、きわめつきの珍芸だった。向こうはちまきをして目ざるを持ち、腰を振りながら跳ね蝦を追いかけたり、魚籠
につまみ込んだりの仕種
であったが、吉田の城主という地位と、いかにも尊大に見えるその容貌とが、ふしぎなおかしみを誘って来る。 今日はその特徴がことさら目立って、みんなワーッと腹をよじって笑い出した。 「こりゃおかしい!
どうだあの生真面目なお顔は」 「これで勝ったわ。それつまめつまめ」 「たまらぬ。あの腰のふりようはどうだ」 家康はみんなの笑顔と忠次の奇態な手ぶりを半々に見やりながら、自分で自分の心をのぞいている気持ちであった。 (みんなの笑い声の中にも、忠次の踊りの中にも、つねとは違うものがある・・・・) 人間は心にしこりのあるときは、笑っても踊ってもそれがひどい誇張になってゆくものだった (これは心しなければならぬことじゃ) それでもみんなの滅入りがちな気分はいくぶん薄らいだようだった。 一座がわっと湧き立ったところで、家康はそっと座をはずした。 窓の障子に十四日の月が木斛
の枝ぶりをそのまま鮮やかに映している。それに気がついたからであった。 「よい月らしい。眺めてこようか」 武装のまま庭先へ出て行って、革
足袋 の先に下駄を突っかけた。 外へ出てみると、遠く近く鳴いている蛙の声が耳に生きた。菅生川
の流れの音もかすかにしている。 そっと植え込みの間を抜けて松の下へ歩いて行った。後ろに従っていた井伊万千代は家康の思考をさまたげまいとして少し遅れて来る様子であった。 家康は立ち止まって月を仰いだ。 青白い月の表面の、かすかな斑点のあたりから、長篠城のときの声が聞こえて来そうな気がして来た。 「九八郎・・・・」 と家康は口の中でつぶやいた。 「信長どのはきっと来られる。もうしばらく持ちこたえよ。よいか、もうしばらくじゃ」 そういうと、何ということなしに胸の中が熱くなり、肩先が震えて来そうな気持ちになった。全く人生とは何というあわただしい、そして殺伐
な時間の連続であろうか。いったいこれがいつ平和に置きかえられるのであろう。そう思うと、自分の生涯にその平和がやって来ないような気がして来た。もしそうだったら、次の時代でもよい。またその次の時代でもよい、必ずそれを招き寄せるための礎石を、根気よく、一つ一つ置いて行かなければならない。 (そうした計画がいまの自分にあるであろうか・・・・) 家康は自分に問いかけて、何気なく奥の方を振り返った。 自分と一緒にこの城へ入って来た信康が、奥方徳姫のもとを訪れているであろうかと思ったのだ。 振り帰ると同時に家康は思わず微笑した。 徳姫と信康の影が障子に映り、それが近々と抱き合うのが見えたのだ。 「お館さま!
お館さま!」 と、新しく近習にあげられた大久保平助
忠教
(彦左衛門) の声が聞こえた。 「平助ここじゃ」 少しはなれた所から万千代が太刀を高くささげてこれに答えた。 |