武田勢が勝頼に率いられて甲府
(古府) のつつしが崎の城を出発したのは桃も桜も、まだ蕾
の固い二月の末であった。 ただちに東三河を衝
くとふれさせ、その方面へ以前の長篠城主菅沼
一族の兵を移動させながら、勝頼はそれより西の武節
街道めざして進んだ。 勝頼の生涯に二度ない好機といわれ、新羅
三郎 以来の家宝を持ち出されては、この戦をあやぶむ老臣たちも口を閉じてこれに従うよりほかなかった。 すでにこのころには、勝頼をこの街道から一挙に岡崎城へ迎え入れようとする大賀
弥四郎 の陰謀は発覚してしまっていたのだが、勝頼のもとへはその知らせが届いていなかった。 弥四郎の一味のうち、ただ一人、天竜川を泳ぎ渡って武田領へのがれていった小谷
甚 左衛
門 が甲府に潜入していった時には、勝頼は城を出ていっていたからだった。 駿河、遠江
への道と違って、木曽 山脈を右に見て、山また山の間を進むこの行軍は、おびただしい小荷駄をしたがえているだけに、意外と手間取った。勝頼が蛇峠山を越え、浪合
から根羽 にたどり着いた時には、谷から峰はこぼれるような山桜が咲いていた。 「武節に入ると吉報があろう」 和合
川の渓谷で、乗馬に飼料をやりながら勝頼はふと洩らした。 敵の出方いかんにかかわらず、家中の空気が勝頼を、すでに一歩もひかれぬものにしてしまっている。 それだけに家康の虚を衝いた岡崎城へ一気に入城してゆく夢想は勝頼を楽しませた。 武節の近くの稲橋に着いた日は小雨であった。 春の匂いを濃くかくした、絹糸のような雨脚で、戦旅の感傷と天地のやわらぎがふとふれあいそうな日であった。 「申し上げます」 その小雨の中を馬を停め、尖兵からの注進を待っているときに、旗本の大将小山田
備中守 昌行
が、小首をかしげて勝頼のそばへやって来た。 「何だ。うまぬ顔で、武節から何か使者でもあったのか」 「それが・・・・」 といって備中は勝頼の床几
の前へ片膝つきながら、また首を傾けていった。 「さきほど、それがしが配下の者、挙動の怪しい旅人を捕らえて詮議
いたしましたところ、はなはだおかしきことを申しまする」 「おかしなこととは・・・・何かあったのか武節の城に」 「いいえ、岡崎にでござりまする。岡崎郊外で大賀弥四郎と申す者、生き埋めにされ、首をのこぎりで引き千切られた。それを見て参ったとその者は申しまする」 「なに大賀弥四郎が!?」 「はい、謀反
の罪と、はっきり高札に認
めてあった。間違いないといいはります」 「その者をこれへ呼べ! 敵の廻し者に違いない。たわけたことを!」 勝頼が急
き込むと、備中はまだ不審の捨てきれない表情ですぐに幔幕
のそとへ出て行った。 「これ、その者を曳け」 少し離れた杉の根方に一団になって雨を避けている人々に声をかけると、 「はっ」 と答えて縄尻とった若侍が、その一団をはなれて来た。
| 「徳川家康 (七) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ |
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