〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part [』 〜 〜

2011/07/10 (日) 緒 戦 (一)

甲府こうふ の春はまだ浅かった。
四周の連山は山ひだに消えやらぬ雪を光らせ、庭いっぱいの霜柱であった。
その霜柱を踏んで、勝頼かつより は城の内外に結集した軍兵を見てまわった。
人も馬も、彼の眼にははや りきった頼母たのも しいものに見えた。
勝頼はひとまわり城内を歩いて奥庭から居間に近づきながら、うしろに従っている板坂いたざか 卜斎ぼくさい をかえりみた。
「わしはこんどの出陣が、これほど幸先さいさき よいものになろうとは思っていなかった」
「みな、隆運りゅううんしるし でござりましょう」
父の法印とともに信玄しんげん のお伽衆とぎしゅう をつとめて来た侍医の卜斎は、うやうやしく笑った。
「正直に言うとな、わしは家康めが長篠ながしの じょう へわれわれを裏切った奥平おくだいら 八郎はちろう を入れたと聞き、これを捨てておけぬと思うたのじゃ」
「ごもっともに存知まする」
「ところで今では当初の考えとはがらりと思案の規模が変わって参った」
勝頼は楽しそうに朝の陽を仰ぎながら、端麗たんれい な横顔に夢を追う者の恍惚こうこつ さをにじませて、
淡路あわじ由良ゆら れてあった足利あしかが 義昭よしあき 公から急遽きゅうきょ 上京あるように・・・・そう言って来られるまでは、わしはただ家康いえやす めを・・・・と、事を小さく考えていたのだ」
「それが、大事なご上洛戦に変わりました」
「おお、お父上が生涯のねが いであったご上洛の戦にのう」
「たぶんご尊霊も地下でおよろこびでございましょう」
「そうであろうとも。将軍義昭公は、家康はじめ、家康の母が生家、刈谷かりや の城主水野みずの 信元のぶもと のもとへも、越後えちご上杉うえすぎ へもげき を飛ばしたそうな。早く勝頼と和睦わぼく して西上し、信長のぶなが専横せんおう をこらして天下の再興を計るようにとな。むろんわしはその効果を過大に計算はしておらぬ。しかし、この密使を受け取ったものは必ず心になにほどかの動揺どうよう はあったはずじゃ」
「上様は、そのほかにも、強いお味方をお持ちでござりまする」
京都生まれの卜斎は、自分の京へのあこがれを勝頼に託している。したがって、このたびの出陣にひそかに賛意を抱く一人であった。
「おお、それも手違いなく運んでいるわ。本願寺ほんがんじ叡山えいざん園城寺おんじょうじ みな、われらの西上を待つ、とある」
公方くぼう さまからは、わざわざ智光院ちこういん 頼慶よりよし どのを、上杉家へ使者につかわされたそうにござりますな」
「そうじゃ」 と、勝頼は大きくうなずいて、
「これはわしから頼んでやった。上杉と本願寺とわしの三者が結んであったら、織田おだ は一も二もあるまいとのう」
「でも、上杉への備えは・・・・」
「それもぬかるものか。加賀かが 越中えっちゅう で一向宗の徒がわれらと結ばぬ限り、上杉の軍勢は一兵も通さぬと固い誓書が参っている。それに・・・・」
と、言って眼を細めて、
「岡崎には、苦肉の策での、ただちに入城出来る手はずがついている。ハハ・・・・はじめは長篠攻めのつもりが、お父上の遺志を奉ずる天下分け目の戦になったわ」
勝頼はこころ よさそうに笑ってからふとわが居間の方を見やって眉をひそめた。
自分の留守中に、重臣宿将、そろって次の間へやって来ているのが、庭先から見えたのだ。
徳川家康 (七) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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