河内に淡々と答えられて、長政は咳き込んだ。 「するとうぬにわれらを欺せと命じたは信長か」 河内はゆっくりと首を振った。 「おん大将は、ただ備州どの父子を助ける手だてを・・・・と仰せられたのみ」 長政は薙刀を力まかせに大地へ突いて、 「その後の指図を誰がしたのだ」 「それがしと羽柴どのでござる」 「欺いた報い、覚悟はよいな」 「むろんのこと、いつでもお相手を」 長政は地だん踏んで、 「われらがもし虎御前山へおもむかなんだら何とするぞ」 河内ははじめてぐっと表情を引きしめた。 「最初からお出でなさる備州どのとは思うてはおりませぬ」 「なにッ?
それを知っていながら、われわれをここまで案内したと申すのか」 「備州どの・・・・」 と、河内はまた声を柔らげた。 「ご存分に武将の意地を貫きなされ、姫たちは、そうした立派な父の子と、おん大将が誇りを持たせて育てましょうほどに」 長政は、もう一度低くうめいた。 このときほど、信長と、そしてその腹心の緊密さを羨
ましく感じたことはなかった。 彼らはすでに長政が何を考え、何を希
ってこの戦いに臨んでいるかを掌
を指すように知っていたのだ・・・・ 父が降服したなどと言って来た河内の裏をかいて、赤尾曲輪の味方と合弁、はなばなしい葬い合戦をする気で山を降った長政の肚を・・・・ 「そうか・・・・知っていたのか」 「守備の味方が怪しみまする。まず
──」 一行はまた歩き出した。 長政はじっと黒い空をにらんで赤尾曲輪とのわかれ路へかかると、黙って道を左へとった。 右へ行けば、そのまま虎御前山の信長の本陣へ通ずるのである。 不破河内はそうした長政を止めようとしなかった。 (備州どのの死は妨
ぐるには及ばぬ) 父の死を知って信長に降服する長政ではないことを、信長も、秀吉も、河内もはっきりと知っている。要はお市の方とその姫たちを助け出せる口実を長政に与えてやれば足りるのだった。 赤尾曲輪では、長政の不意の下山にびっくりしたり歓声をあげたりした。 「殿!
大殿は昨日ついに・・・・」 「無念でござりました!」 そこここにまどろみかけていた軍兵がいっせいに起き直って、曲輪の内外はざわめき立って来た。 長政はそうしたざわめきの間を一人一人にうなずきながらゆっくりと奥へ通った。 まだ河内や、姫たちや、父の久政や秀吉の顔などが流星のように瞼の裏で動き続けていた。 いよいよ赤尾曲輪を死所とすべき運命は確定した。 (信長も立派だった!
負けてはならぬ) 死を飾るというのではなくて一人の人間の根性をその死にちりばめてゆかねばならぬっと長政は思った。 長政が、最後の反撃を命じたのは、その翌朝の六ツ
(六時) 前、朱塗りの薙刀を縦横に舞わせながら長政は三たび寄せ手の中へ斬って出た。 |