織田勢も波の寄せるように。入れ代わり立ち代り赤尾曲輪を攻めたてた。 そして、その一波が寄せるたびに、浅井勢の損害は目立った。討ち死にする者、傷ついて捕虜となる者、逃亡を企てる者、降服する者・・・・ 浅井長政は、そうした混乱の中を、居間へ引きあげると、 「和尚
はおられぬか。和尚をこれへ」 よ呼び立てた。 今日も地上に争いをよそにして、秋の空は無限に澄んでいる。微風にさらさらと萩がゆれて、季節はずれの蝶が一つ、のどかに飛んでいた。 木村太郎次郎が、長政の帰依
している雄山
和尚を案内して、あわただしく入って来た。刀の柄のべっとりと血のりがついて、左の股を白い布でしばっていた。 「おお和尚か。もはやこれまで」 長政は微笑して耳をすました。 「三度討って出たゆえ、もう切腹と敵の方が察している。打ち寄せる声がやんだようだの」 「御意
のとおり」 と、木村太郎次郎は答えて、 「お心静に、ご介錯はそれがしがつかまつりまする」 長政は無造作にうまずいた。 雄山和尚は、そうした二人を見るでもなく見ないでもない様子で、長政の脇に坐った。 「姫たちには奥方がついておられまする。何かほかに申し残されることは」 「べつに」 「ではご辞世でもうけたまわりましょうか」 長政はちらりと深い空を見やって、 「それもない」 「お墓はいずれの地がお望みでござりまする」 「そうさのう」 長政はゆっくりと刀を抜いた。 「二十九年の生涯、夢のまた夢・・・・」 しみじみとつぶやいて、もう一度、外のざわめきを聞く顔になった。 心憎いほど長政のこころを知っていて、織田勢はすでに鳴りをひそめている。 「敵もなし味方もなし、悲しみもなし、さりとて喜びもなかった・・・・そうじゃの、墓は琵琶湖
の湖底に沈めて貰おうか」 雄山和尚はゆっくりとうなずいた。 「殿のお好きな竹生
島
の沖あたりに」 「そう願おう」 ご戒名はコ勝
寺
殿天英宗清大
居士
とこの和尚が・・・」 「大そうな名をつけられたの。ハッハッハッ・・・・では太郎次郎」 太郎次郎は血のりのついた柄頭に腕をのせ、声をころして泣いていた。 敵も味方もなく、悲しみも怨みもないという二十九歳の長政の死は、怨恨
に凝
った父久政の死とは比較にならない底抜けの悲しさを含んでいた。 「さらば・・・・」 「心おきなく」 がッと刀を脇腹に突き立てると、木村太郎次郎の血刀が一閃した。 雄山和尚は、大きく眼を開いたまま、それを静にみまもって、別に合掌もしなかった。 またさわさわと萩が鳴った。迷った蝶が庇
から縁へ入って来て、青い空へ気まぐれに去っていった。 |