一行は、すぐさっき、お市の方と幼い姫たちの通っていった京極曲輪はかかっていった。 こんども羽柴秀吉は長政を出迎えた。勝ち誇った攻撃軍の大将という気取りはなくて、どこまでも主人信長の一族に対するといった態度で、 「備州どの、奥方と姫たちは、無事に虎御前山へお着きなされましたぞ」 と、ささやくように告げた。長政は不覚にも目頭が熱くなった。 父の意地はよくわかり、自分のとるべき道も決めていながら、 (時勢は移った・・・・)
と、しみじみ感じた。 意地に死に、意地に生きるいかつい武人の常識に、八方破れの信長や秀吉の生き方が取って代わりつつあった。 しかもその中には、顰蹙
すべき殺伐 な非人道さと、思いがけない人情とが、あやしい度合いで交差
してくる。 比叡山を焼き払い、虐殺
の限りを尽くして、全日本を震撼
させた信長は、まさに悪鬼であり、羅刹
であったが、その信長が、こんどの小谷攻めで見せた手心は、まるで別人の感があった。 長政は秀吉を見たときに、 「── 父はどうしているか?」 思い切り嘲
ってやりたかったが、秀吉にはその隙がなかった。 「備州どのの、ご通行に手違いないよう、虎之助、そち、山王丸までお送り申せ」 加藤虎之助に言いつけて、敬虔
に礼を尽くした。 長政は一礼して秀吉の陣中を通ると、またムラムラと腹が立った。誰に立つのかわからなかった。信長でもない。父にでもない。と言って自分に対しての憤怒
でもなかった。強いて言えばこの大地への人間のあり方にたまらないいら立ちを感ずるのだ。 そのいら立ちがついに不破河内の上へ爆発したのはこれもすでに敵の手に渡った山王丸曲輪のわきを通りすぎて、赤尾曲輪へ近づいた時であった。 赤尾曲輪へはまだ味方が立てこもっていた。 守将赤尾美作が、きびしく久政の遺志をついで、ここを死所と決めている。点々とかがり火が樹間の闇を赤く染めていた。 「河内どの」 長政は、落ち着き払っている不破河内を振り帰ると、 「お身はこの長政を、みごと欺
し終わせたと思うているのか」 不破河内は、ゆっくりと長政を仰いで微笑した。 「思いもよらぬこと。備州どのは、われらなどに欺
かれるお人よしではない」 「なにッ!? すると、以前の口上は」 「野州どの (久政) ご降服と申さねば、奥方や姫たちのお命を救い参らす術がござるまい」 長政はカーッと大きく眼を剥
いて思わず薙刀を取り直した。 不破河内は長政が父の降服など信じていないと知っていて、平然と嘘をついたというのであった。 そうなると、長政は、この鶏卵を想わす男に肚の底の底まで読み切られていた事になる。 相手が落ち着き払っているので、長政の血は逆流した。 「小癪
な。では父は山王丸で切腹召された。それをうぬは知っていたのだな」 「無論でござります」 河内はいぜんとして表情も変えなかった。 |