いつか城の内外ともひっそりした。 客殿では、不破河内守えお長政の間にどのような話が出ているのか?
食膳の用意ができて来たので、お市の方は幼い者二人を膳につかせた。 膳についても茶々姫と高姫の態度はころりと違っていた。一方はいつもと同じ無邪気な明るさだったが、一方は捕らえた小鳥のようにおどおどと警戒を見せている。一膳食べると、すぐに箸
を置いてしまった。 「お茶々どうなされたのじゃ?」 茶々姫は怨めしそうに、 「明日は討ち死にするのでしょう」 「いいえ、まだ明日とは決まりません。さ、もう一膳召し上がれ」 そう言いながらぐっと胸が切なくなって、自分の方から、あわてて次の間へ立ってしまった。 せめて楽しい食事をさせ、そのあとで枕を並べて休んでやろう。いや・・・・無心に寝入った隙を見て、茶々だけは今宵のうちに・・・・と思ったのだが、小さい魂の鏡にはいちいちそれが映じるらしい。 (果たして、この手で男の胸が刺せるであろうか・・・・) お市の方は、次の間で涙を拭くと、泣いているのをさとられまいとして、自分で菓子をささげて来た。 「さ、ではこれを一つ召し上がれ」 茶々姫はしかしその菓子に手も触れない。毒を警戒するのだろうか?
そんな話をいつか、誰かがして聞かせたことがあったのだろうか・・・・? 「なぜいただきませんお茶々は」 「おなかがいっぱいなの」 お市の方ははじめて茶々が憎くなった。 これは、心を鬼にして・・・・そう思うとひとりでに手は懐剣へかかってゆく。 「お母さま!」 小さな体がいきなり母に飛びついた。飛びつくと同時に、ゲーッと母の膝の向こうに何か吐いた。 緊張の度がすぎて、食べたものがそのまま出てきたのであったが、茶々姫はそうは思わなかった。 ご飯にすでに毒が入っていたと思ったらしく、 「ごめんなさい! ごめんなさい! 茶々も死にます。お母さまとご一緒に死にますから」 お市の方は懐剣から手を放すと、われを忘れて茶々姫を抱きしめた。 (これほど嫌がるものを道づれにして、それで果たしていいのだろうか?) 子供の行く末を憐れんで道づれにしようとしたのは誤りではなかったろうか・・・・? 泣きぐせのついてしまっている館のうちは、この出来事をきっかけに、またはげしく嗚咽
の塔に変わっていった。 とそのとき、ふたたび廊下に跫音
がして、 「殿と軍使が連れ立ってこれへ見えられまする」 藤掛三河と木村小四郎とが、ひどく昂
ぶった表情でやって来た。 「え? 殿と軍使が連れ立って」 「はい、すぐにおとりかたづけを」 侍女たちはあわてて膳や菓子を次の間へさげていく。と、入れ違いに、長政と不破河内がやって来た。 長政の表情は出てゆくときと違って、頬から唇まで青黛
を塗ったようにまっ蒼だった。 |