長政はハッとして、お市の方と眼を見合った。そして、前より一層さり気なく笑ってみせた。 「お茶々はどうしてそのようなことをたずねるのだ」 二女の高姫は、坐った父の膝へ、得意そうに腰をおろしてニコニコしていたが、茶々姫のつぶらな眸は大人の心の底の底まで見通すような上眼になっていた。 「でも、お父さまは、これで会えないと、今朝言われた。なぜまたここへ戻って来たの」 「なぜ戻って来たかと言うのか。これは手きびしい質問だ・・・・」 長政は笑いながら、ほんとうに自分は、なぜ戻って来たのかと反問してみずにはいられなかった。 美しい妻に、まだ未練があったのか? 三人の姫たちへの愛情からか・・・・? 「そうだの、お茶々は、なぜ戻ってきたと思うかな」 茶々姫はまだそのきびしい上眼を父からそらさず、 「みんな討ち死にさせようとして戻って来たの。お母さまも、茶々も高も、達姫
も・・・・みんな討ち死にさせようとして・・・・」 長政は、思わずギクリと長女の顔を見直した。あまりに思いがけない言葉に出あって、とっさに意味をとりかねた。 「お茶々は怒っているのか?」 「ううん」 と答えたが、その眼はいぜんとしてなじる眼であり、その表情は何か不安な、抗議の顔にまぎれもなかった。 「お方、高姫をそちらへ」 長政は、もはや茶々姫には、はっきりと説いて聞かせる以外になかったのだと思い、二女を妻に渡して、そっと長女を手招いた。 「いや」 と、茶々姫は首を振ってあとずさった。 「いやとは、父がこわいのか」 茶々姫はこくりとして、 「茶々は討ち死にがいやなの、茶々はお祖父
さまが大きらい!」 「ああこれ・・・・」 お市の方がびっくりして茶々姫をとめたが、いったん言い出すと、茶々姫には、姫が大嫌いだという、祖父の久政そのままのいっこくさがあった。 「茶々は死なない!
いや! いや! いや!」 長政は茫然とした。父の決定に全身で抗議している幼い者の姿を見ていた。 長政の留守中にも、こうしたことがあったのに違いない。お市の方があわてて袖で顔を蔽っただけではなく、気がつくと、次の間からも、その先からも、侍女たちの歯を食いしばって泣く声が、しずかに楼にあふれて来た。 「お方・・・・」 「はい」 「お茶々は、討ち死にして行く先に極楽浄土のあることを知らないらしいの」 そう言ってちらりと長女をうかがったが、七歳の抗議者は眉ひとつ動かそうとしなかった。 (これでは、いざというとき、お市の方の手には負えぬ・・・・) そうだ、その時には、ここを最後まで守備させる木村
太郎 次郎
に命じて刺させずばなるまい ── そう思った時、当の木村が、 「織田方の軍使不破河内さま、ずっと客殿でお待ちかねでござりまするが」 と、入側の端へ両手をついた。 |