〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part [』 〜 〜

2011/06/27 (月) 運 命 の 使 者 (一)

寄せ手の攻撃は当主長政の立てこもる本丸へも間断なく続けられた。
すでに七ツ半 (午後五時) になろうとしている。長政はこれも死を決して、黒糸おどしのよろい金襴きんらん の袈裟をかけ、朱nyりの大薙刀をひっさげて望楼ぼうろう へ立っていた。
山すそからわき上がる霧が、だんだん視界をうすれさせ、京極曲輪が敵の手におちたのは分ったが、その下の山王丸や、赤尾曲輪はどうなったか知るべくもなかった。
とにかくこの小谷山に浅井家三代の武人の意地をとどめようという悲願の戦だった。
それも歩一歩と終わりへ時を刻んでいって、すでに父の久政はそのかばね を敵の土足にまかせているのだが、完全に連絡を断たれているので、それもここでは知り得なかった。
不意に足もとの入り乱れた喊声かんせい がやんだ。
またしても軍師がやって来たらしい。
長政は小手をかざして舌打ちした。
手勢六百を五隊に分けて、敵の近づくたびに一隊ずつ討って出させていた。その一隊の間を鶏の卵を連想させる、丸く色白な信長の軍師が落ち着き払って、曲輪の門へかかって来るのが木の間越に見えたのだ。
すでに一昨日から三度もここへやって来ている不破ふわ 河内守かわちのかみ であった。
人間にはそれぞれ苦手にがて があるものだった。撫でるとつるりとすべりそうな、声音こわね までが丸い感じの河内守は、実直そのものに見えながら、なんとしても長政にはやりきれなかった。
彼は長政が何を考えていようと、どんなに眉根をしかめようと、そうしたことには全然心をおあかなかった。
ただおだやかに、どこまでもめんめんと信長の口上だけを述べてゆくのである。
最初は浅井家を背後で脅かし続けていた朝倉氏は滅んだゆえ、これからは兄弟の義によって信長が浅井家を支援する。無益な戦を避けて、早くこの地へ平和を築こうと、説教上手な僧が信者の善男善女を説くような口調で言った。
二度目に来た時には、父久政の生命を救い、浅井家を繁栄せしめる唯一の道は長政の決断にあると、わかりきったことを小半刻もくり返した。
三度目は今朝 (二十八日) であった、
京極曲輪はすでにおちた。ここで一族郎党を殺し尽くして我執を透すという事は、義を踏んでいるように見えて、実は無為無策、なすところを知らなかったのだと評されよう。信長は決して悪いようには計らわぬゆえ、籠城ろうじょう を解くように・・・・と。
むろん三度とも長政はきっぱりと申し出を断った。
「── われら父子は、すでにここを死所と決めているゆえ、そのしんしゃくはご無用に願いたい。われらも根かぎり戦うゆえ、遠慮なく攻められたい」
不破河内守が四たび軍師としてやって来たのだ。こんどは必ず、お市の方や姫たちのことを口にするに違いない。
そう思うと長政はムラムラと怒りがこみ上げた。
すでに良人やしゅうと とともにこの城で死ぬ気でいる、お市の方や姫たちの心をかき乱されるのがたまらなかった。長政は取次ぎの来るのを待たず、薙刀をひっさげたまま一文字に唇を結んで望楼を降りていった。
徳川家康 (六) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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