乗り物が城を離れても、うしろにつづく人数は減らなかった。見送りの群れの中からいつの間にか五十余人がついてゆく。おそらく刈谷の水野下野守と岡崎の家臣たちの考え方は逆らしかった。 下野守は彼らを領内に誘
き入れて皆殺しにしようと計っているのに、彼らは於大を刈谷まで密かに送り届けることで下野守の心を和らげようとしているようだった。 矢矧
川を渡ったところで、 「新八、おぬしはどこまで送るつもりだ」 寄ってきた安部定次が声をかけると、 「言わでものこと。刈谷の城の入り口までじゃ」 「なぜ送る」 「お屋敷に分かれるのが辛いからじゃ」 無愛想に応えたあとで、 「婚礼は好きじゃが、離別は好かぬ。下野守もさまも辛かろう。おぬしは正式のお供ゆえ、城へ入れる。城へ入ったら、われらが別れを惜しんでついに城門まで辿
り着いたと申してくれ」 空の晴れすぎているのがかえって悲しく、於大はときどき眼をつむった。人前では泣かなかったが、輿に入ると意気地ないほど涙が出た。 その涙の中でいつまでも瞼を消えないのは、やはりお久に抱かれた竹千代であり、異腹の兄弟を揃えて送ってくれたお久の心遣いの切なさであった。 お久にしてもさまざまな感慨があったであろう。女らしい嫉妬も勝利感も、ものの哀れも。 (それなのにお久は私を送ってくれた・・・・) 狭い女の量見
から、一番大切な一族の結束をみだるような不始末はいたしません ── 背伸びしてそう叫んでいたように於大にはとれた。 於大はお久に劣りたくなかった。最後まで冷静に、分別
すべきを分別してゆくのが、お久に応える道であり竹千代へのはなむけなのだと思った。 矢矧を渡るとあたりの秋色は急に深んだ。刈田の間に点々と見える竹叢
の緑までがすでに冬を待つ構えで、ところどころに紅を混じえた山うるしが光をはじいている。 (人の一生にも秋はある・・・・) 於大はその秋を、やがて迎える冬や春のためにつつましく、きびしく身じまいしなければならぬと思う。 「輿をとめてたまわれ」 於大は、織田と松平が血で争った安祥の城が見えると、しずかに中から声をかけた。 それが突然だったので、金田正祐は愕いて寄って来た。 「輿お降ります。履き物を」 「はい」 みなの目は期せずして輿に集まり、それから互いにうなずき合った。於大がここでいよいよ岡崎へ最後の別れを告げるのだと思ったからだ。 於大はすらりと輿の外へ立った。 「みんなの心尽くし、だい
は生涯忘れませぬ。が、これより先は敵地ゆえ、ここでみなとは別れたい」 安部定次と金田正祐とはおどろいて人々を見廻した。 「それはなりませぬ。殿のお言いつけじゃ。刈谷の城までお送りいたすのが供の役目でござりまする」 「大久保新八郎が、わめくような声で言った。
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