運命は人の力で動くや否や? 動かぬものを動かそうとするのでは徒労であり、動くものに手をつけないのでは怠慢だった。 といって、人の動きにつれて動く運命と、運命の動きにつれて動く人生とが確かにある・・・・そう思って来るとうかつに動けぬ迷いがわいた。 どちらも幸運を逃すまいとする欲心からではあったが。 家康はいまその岐路に立って、二つの比重を計ってみたのだ。 運命を絶対と見ればそれは一つの諦めに通じ、自分を絶対と見ればそれははた目に妄動と映ってゆく。 が、たとえ世間の眼にどう映ろうと、人間には自分を絶対と信じて動くよりほかない、ぎりぎりの一線があるようだった。 通れてもよし、通れなくてもよい。 ここでは、わが欲するままを行ってみるのである。 家康に言葉を返せぬきびしさで命じられ、お愛はいまあらゆる努力で、その言葉に従おうとしているらしい。 一見ひどくむごい仕打ちに見えるが、それで迷うている人々の方向は決定してゆくのである。 「お愛、わかったら盃を取らそう。これへ来い」 「はい」 しばらくしてお愛は意を決したように家康の前へ進んだ。家康は盃をほしてお愛にやり、お愛の手がもうさっきほど震えていないのに気がつくと、ニコリと頬をくずして、 「本多の年寄りを呼んで来い」 と、また腰元に命じた。 腰元が本多作左衛門を呼んで来るまで、家康はお愛を見つめつづけた。 こうしているとお愛の怖れているものがよくわかった。 また、身も心も捧げるようになってから、男に死なれるのではないかと恐れているが、本多平八郎ではないが、生死を誰が知るものか。 ふしぎと今度は心が和
んで、しみじみとお愛の美しさを見届け得た。 (酒の味に似ている人生は・・・・) 辛さを味わいつくすとはじめて残る舌の上の甘味。 「ありがたくいただきました」 盃をほしたお愛に、家康はやさしく言った。 「そなたは気だても優しい。みめも佳い。これからは善いことがあるであろう」 「あ・・・・ありかたき仰せ」 「固くなるな。今、年寄りがやって来るが楽な気持ちでいるがよい」 「はい」 本多作左衛門はのそのそと入り口までやって来て、中にお愛のいるのを見るとニヤリと笑った。 「珍しく酒を召し上がられなしたな」 「作左」 「はい」 「予は我慢
ならぬ。わが枕をまたがれて黙って通したとあっては末代までの恥辱
じゃ」 作左衛門はけろりとした表情で家康を見上げて、 「お勇ましい。が、それは何のことでござりまする」 「甲州めが軍勢のことよ」 「なるほど信玄坊主がことで」 |