〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part Z』 〜 〜

2011/06/06 (月) 男 対 男 (十)

六郎はたちを振りかぶって真柄直隆のうしろに廻った。直隆はかつと眼を見開いたまま自分で自分の兜をはね、大依山の頂をぐっと睨んだ。乾いた返り血と肩から噴出す自分の血とで、直隆の半身はベトベトだった。
六郎は 「だっ!」 と叫んで太刀を振り下ろした。そして眼を開いたままの直隆の首級を、もとどり掴んで高くさしあげ、
「音に聞こえた越前の豪の者、真柄十郎左衛門が首、三河の向坂兄弟が討ち取ったり!」
川瀬を圧する声で叫んで、それからその首級に両手を合わせて瞼を閉じさせた。
直隆が討ち取られたと知って、乱軍の中の朝倉勢から一騎の騎馬武者が矢のように走り出した。
直隆の子の十郎三郎直基なおもと だった。
「うぬ、のがさじ」 と立ちふさがるのを、直基はひづめ にかけて太刀を振った。
「父に劣った次郎太刀なれど、うぬらが細首おとすに惜しい。道を開けや!」
サッと開く雑兵の中を父討ち死にの場所まで一気にかけた。
「父上! おあとを」
そうつぶやいて、向坂兄弟に向き直った時に、青木あおき 所右衛門ところえもん 一重かずしげ が、いきなり右脇から鎌槍をひっかけた。
「向坂兄弟は疲れている。青木一重! 次郎太刀に見参!」
ぱっと槍をはらって一瞬直基は茫然とした。というのは、一重の郎党が、いきなり四、五人、わが主人をかばって次郎太刀の前に身をさらしたからであった。
それは教えようとして教えられる業ではない。主人想いの郎党が、本能的にわが身を捨てての行動は、一重の人となりを連想させるに十分だった。
「青木所右衛門一重か」
「おお、武士の面目、越前に鳴り響いた小真柄が次郎太刀に見参しよう」
「との、われらが!」
「いやわららが」
その一重をかばってゆく。
「あっぱれ!」
叫ぶと同時に直基は馬をおりた。
三河の主従の美しい一体さが、ジーンと直基の心に徹ったのだ。
烈日はすでに昼近く、河原の石はかかとに熱い。
全身に七、八筋の矢と三ヶ所の薄傷うすで をうけた直基は、その熱い小砂利の上へどっかと坐って、
「討てッ」
「ご免!」
また血虹が高くあがって、直基の胴は父の遺骸の方へバッタと倒れた。
「青木所右衛門一重・・・・」
その首を拾ってさしあがたが、一重の声は咽喉のど にかすれた。戦場の無常さよりも、父と子のかなしい情愛が胸もとをこみあがて 「討ち取ったり」 の声よりも合掌したい気持ちの方が立ちまさった。
ワーッとときの声が川向こうであがった。
榊原小平太康政の本陣奇襲が成功したのだ。朝倉勢は、裸で四散しだしている。その中を小平太と平八郎の兜が、右に左に陽をはじいて走りまわっている。
「勝った!」
これを西上坂の堤の森わきで眺めていた家康は、はじめてホッとして頬を崩した。

徳川家康 (五) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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