六郎はたちを振りかぶって真柄直隆のうしろに廻った。直隆はかつと眼を見開いたまま自分で自分の兜をはね、大依山の頂をぐっと睨んだ。乾いた返り血と肩から噴出す自分の血とで、直隆の半身はベトベトだった。 六郎は
「だっ!」 と叫んで太刀を振り下ろした。そして眼を開いたままの直隆の首級を、もとどり掴んで高くさしあげ、 「音に聞こえた越前の豪の者、真柄十郎左衛門が首、三河の向坂兄弟が討ち取ったり!」 川瀬を圧する声で叫んで、それからその首級に両手を合わせて瞼を閉じさせた。 直隆が討ち取られたと知って、乱軍の中の朝倉勢から一騎の騎馬武者が矢のように走り出した。 直隆の子の十郎三郎直基
だった。 「うぬ、のがさじ」 と立ちふさがるのを、直基は蹄
にかけて太刀を振った。 「父に劣った次郎太刀なれど、うぬらが細首おとすに惜しい。道を開けや!」 サッと開く雑兵の中を父討ち死にの場所まで一気にかけた。 「父上!
おあとを」 そうつぶやいて、向坂兄弟に向き直った時に、青木
所右衛門 一重
が、いきなり右脇から鎌槍をひっかけた。 「向坂兄弟は疲れている。青木一重! 次郎太刀に見参!」 ぱっと槍をはらって一瞬直基は茫然とした。というのは、一重の郎党が、いきなり四、五人、わが主人をかばって次郎太刀の前に身をさらしたからであった。 それは教えようとして教えられる業ではない。主人想いの郎党が、本能的にわが身を捨てての行動は、一重の人となりを連想させるに十分だった。 「青木所右衛門一重か」 「おお、武士の面目、越前に鳴り響いた小真柄が次郎太刀に見参しよう」 「との、われらが!」 「いやわららが」 その一重をかばってゆく。 「あっぱれ!」 叫ぶと同時に直基は馬をおりた。 三河の主従の美しい一体さが、ジーンと直基の心に徹ったのだ。 烈日はすでに昼近く、河原の石はかかとに熱い。 全身に七、八筋の矢と三ヶ所の薄傷
をうけた直基は、その熱い小砂利の上へどっかと坐って、 「討てッ」 「ご免!」 また血虹が高くあがって、直基の胴は父の遺骸の方へバッタと倒れた。 「青木所右衛門一重・・・・」 その首を拾ってさしあがたが、一重の声は咽喉
にかすれた。戦場の無常さよりも、父と子のかなしい情愛が胸もとをこみあがて 「討ち取ったり」 の声よりも合掌したい気持ちの方が立ちまさった。 ワーッとときの声が川向こうであがった。 榊原小平太康政の本陣奇襲が成功したのだ。朝倉勢は、裸で四散しだしている。その中を小平太と平八郎の兜が、右に左に陽をはじいて走りまわっている。 「勝った!」 これを西上坂の堤の森わきで眺めていた家康は、はじめてホッとして頬を崩した。 |