真柄直隆は、ようやく疲れて来た。向坂兄弟は直隆の豪刀を警戒して、ぐるぐると輪乗りをかけて、仕掛けようとしなかった。 そのくせ退こうとするとすぐ槍をつけてくる。 味方の敗勢はひしひしと感じられたし、烈日の下で咽喉
はカラカラに乾いて来たが、ここで馬を返す気にはなれない。馬を返せば必ず 「真柄は逃げた」 と呼ばれよう。 五尺二寸の豪刀を誇ってきた彼にとって、生き甲斐は武士らしい武士、豪傑らしい豪傑ただ一つであった。 「来るかッ」 彼がまっすぐ太郎太刀を空に突き立て、ぴたりと馬を止めた時は、榊原小平太康政の三河勢が、ときを作って朝倉勢の本陣へ斬り込んだころであった。 「おお、音に聞こえた真柄どの、何で討ち取らずにおくものか」 と式部がこたえた。 「よし、その執拗さが気に入った。近国無双と呼ばれた鬼真柄、汝ら兄弟の手柄にせよ。眼ざわりじゃ。兄から一人ずつかかって来い」 「何と?」 「その勇気なくば蹴散らして行くと思え」 「わかった。参り合わそう」 式部はそう叫ぶと、サッと手槍で一突きした。その穂尖が真柄の草摺りにふれたと思うと、太郎太刀は唸りを生じてそれを払った。 「あっ!」
と式部は馬上にのぞけり、一転して地べたへ這った。 兜の甲の吹き返しをたたきつぶされ、手から槍はけしとんでいる。 真柄もぱっと馬からおりた。 「うぬッ。弟五郎ぞ!」 直隆の振り上げた二の太刀に、兄を討たせまいとして弟の五郎次郎ががきっと受けた。が、なみの刀でこの豪刀は受け切れるはずはない。五郎の刀は鍔元
から切り離されて近くの柳の梢へとんだ。 「末弟六郎!」 間髪を入れずに、六郎三郎は十文字槍をふるって五郎をかばった。五郎は太刀を切り落とされただけではなく、右股に切尖
がふれたと見え、黒い血が近所の土を染めている。 兄弟の家来山田宗六も、主人を討たせまいとして、遮二無二直隆にかかった。 直隆はしかしその二人を斬ろうとしなかった。彼はすでに彼らしい死を考えていたのである。 どちらも手傷を負っている式部と五郎を見比べて、 「道を知る奴、惜しくはあれど・・・・」 そうつぶやくと、よろよろと立ち上がって、刀を抜いた。一番深傷
の五郎次郎の上に、がっと豪刀をふりおろした。 五郎次郎の体は声もなく真っ二ツにわれ、ザザザと音たてて血がしぶく。その瞬間に、末弟六郎の十文字槍は直隆の肩の肉に喰い込んだ。 「ハハ・・・・」
と直隆は笑った。 「あっぱれ! いざ鬼の首を討ち、手柄せよ」 がらりと太郎太刀を投げ出して、熱く灼けた地べたへ崩れるようにあぐらを掻いた。 すかさず六郎は槍をふるった。ぶすりと脇腹へ突き立てたが、直隆の体は動かない。 「兄上、首級を早く!」 が、式部は薄傷
を負って手元の狂うおそれがあった。 「六郎、そち討て。勇士の首ぞ。笑われるな。心して討て」 そういうとがくりと砂の上へ膝をついた。 |