「信忠どの!」 と、濃姫はたしなめた。たしなめられて信忠は自分の凛々
しい武装に気づいたらしく、 「梟め、人馬の音に驚きおったわ」 照れたように床几にもどった。 梟は畳の上であわてて羽づくろいをした。まんまるい眼が爛々
と光っていて、いかにも猛禽類
らしい威容だったが、そのくせ何も見えてはいない。 濃姫はその梟にびっくりして、身をすさらせたお類の方とお奈々の方の姿から、何の関連もなしに将軍義昭の顔を思い浮かべていた。 (梟・・・・真昼の梟・・・・) 梟でなくてよかったと、濃姫は改めて自分の生き方を思い返した。 「お心にかけられることはない。万一の時にはそれぞれ信忠どのからお指図がありましょう。お二方は引き取られませ」 「ごめん遊ばしませ」 二人の女が去ってゆくと、濃姫ははじめて信忠に笑顔をむけた。 「迷い込んだ真昼の梟、若君はなんと成敗
なされまする」 信長ならば、誰が止めても飛んでいって、いきなり翼をちぎるかも知れぬ・・・・そう思いながら笑顔を向けると、信忠は澄んだ眼をカチリと濃姫に向けて、 「そっと捕
えて放してやりまする」 「なぜ・・・・?」 「お父上が旅にあるゆえ」 「おおよい分別、あたたかい見上げたおこころ」 「八右衛門、その梟、眼が見えぬ。哀れじゃ。放してやれ」 「はッ、かしこまりました」 生駒八右衛門が、羽ばたく梟を縁から外へ放してやった時だった。 「ご注進!」 矢部
善七朗 に付き添われ、信長からの第一の早馬、下方
平内 が額の鉢巻を真っ黒の汗で染めて到着した。 「おお平内か。御前へすすめ」 信忠に声をかけられ。彼はあぶなく前へ泳いだ。長い騎乗で膝の関節が思うままにならないらしい。 「平内、早う注進のおもむき申せ」 信忠が急
きたてた。 「ははッ、おん大将、敦賀より、金ケ崎、手筒山と陣を進め、一乗ケ谷へいま一息のところにて浅井長政より手切れの挨拶」 「わかっている。その後の父上は」 「すぐに越前を陣払い。京へ引っ返す所存ながら、いかなる合戦になるやも知れず、よって留守の軍備怠りなきようとの申し付けにござりまする」 それを聞くと、信忠はちらりと濃姫を見やって誇らかに笑った。 「その準備ならばすでにしている。案じるな」 「が、途中で聞けば、軍備どころか、小谷の城へ押し出すよし・・・・それ・・・・それは・・・・第二の注進をお待ちあって」 「案ずるな。うかつに城を出るものか。よい、退って休め」 こんどは濃姫がほほえんだ。 すでに信長の心は読みきって、少しも食い違いはないようだった。 (これが夫婦・・・・)
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