改めて考えるまでもなく、人妻としての濃姫の生活は、険しく棘
の道そのものだった。 隙あらば婿を討とう手段のため、那古野
の城に嫁がされ、愛すまいと心で警戒してゆきながら、いつか信長を愛していた。 人為と自然と、自然と人為の渦の中で、女の幸福は良人を愛することにある・・・・そう悟ったのは信長もまた自分と同じ経路をたどって、濃姫を愛するようになっていったからだった。 ところが神は彼女に愛する者の子供を恵んでくれなかった。そして、自分と愛を争う場に、お類
、奈々 、深雪
の三人が現れて来たのである。 そうしたとき、女の心はどのように悲しく揺らぐものか・・・・ しかも神は彼女に産ませなかった信長の子を、三人の側女
に産ませていった。 濃姫のはげしい内への闘いはそこ頃が頂点だった。 最初に生まれたコ姫をながめた時の言いようもない感慨。 つづいて九妙丸
(信忠
) 茶筅丸 (信雄
) 三七丸 (信孝
) と、次々に生まれてゆく子たちを見ていると、側女の位置は動かし難い重味を加え、反対に、うまず女
の自分の影は蝋 の尽きた燭台のように薄く淡くなりそうだった。 おそらくそのときに、一歩姫がたじろいだら、彼女の影は消えてしまっていたに違いない。 彼女はうずまく嫉妬
をじっと押えた。 側女と寵
を争う代わりに、彼女たちの上に坐って、やさしくこれをいなしていった。 (この女たちと同じ列まで、自分を引き下げてなるもにか) その勝ち気な闘いはやがて濃姫を、良人とともにぐんぐん伸びるおおきなものに育てていった。 今では徳姫は徳川家に、信雄は北畠
家に、信孝は神戸 家にそれぞれ父の手元を離れて、この城にいるのは長男の信忠だけであったが、どの子も正室としての濃姫には心からなついている。 (負けなかった!) と、濃姫は思う。妻としても女としても、人としても。 濃姫はしばらくじっと煙るような梨花の中に自分の過去を見つめていたが、やがてきっと身づくろいして立ち上がると、そのまま本城へおりていった。 小谷の城へ攻め寄せると見せて実は籠城。 それもこれも、頼み難い将軍義昭や、浅井父子の去就
に触れたせいであったが、戦国の世ではうかつに嗣子
の信忠を城からは出せなかった。 かっての奇妙丸信忠は、すでに元服して十四歳になっている。 濃姫は千畳台に渡るとそのまま大広間へ出て行った。 すでに正面には、その信忠が、具足をつけて、きっとあたりをねめ廻していたが、濃姫を見るとあどけない顔にかえってこくりとした。 「若殿、お勇ましい!」 濃姫はつかつかと、床几
のわきにいって坐った。 「たとえ父上にどのようなことがあろうと狼狽はなりませぬぞえ。勝敗は武家の常でござりますれば」 「うん!」 と信忠は固くなってうなずいた。
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