雨の音と、於大のその後の子たちの足音に、元康はいっしょに気づいた。 岡崎の異腹の兄弟は二人あったが、一人は出家し、一人は病弱で、元康の身辺はさびしかった。 いや、淋しいと言えばそれは兄弟の有無よりも、駿府へ残した妻子のこと。今度の出陣はおそらく駿府へ元康を返すまい。勝てば家の子たちが、敗れれば運命が。 その淋しさが、元康にわざわざ母をたずねささた。父の異なった弟たちにしみじみとした懐
しみを覚えさせているのもそのためらしい。 足音が次の間でとまると、 「おお!」 と元康は声をあげた。 母の血の強さであろうか。真っ先に立っている上の子は、元康の少年時代そのままだった。いや、その次のもよく似ている。そして三人目の子はむつき中で乳人
に抱かれているのであった。 「さ、入ってお客人にご挨拶
なされ」 また以前の柔らかさにもどった於大にうながされて、大きいのから順に元康の前に坐った。 「三郎太郎と申しまする。お見知りおかれませ」 「源三郎と申しまする。お見知り・・・」 「長福丸でござりまする」 むつき乳人ともども頭を下げると、於大がかたわらから言い添えた。 「三郎太郎から、これへ」 元康はまたしても土産
をたずさえて来なかったことを悔いながら、大きいのから呼び寄せて出された菓子を掴
んで与えた。 「源三郎か。はしこそうじゃ。いくつじゃな」 「はい。七つでござりまする」 「よい子じゃ」 源三郎が菓子をささげてすさってゆくと、元康は乳人の前に両手をのべた。 「長福と申したの。抱かせて見よ」 乳人はちらりと於大を見やった。於大がうなずくのを見すまして元康の手にもどり児を渡した。白の平絹の裾
を藍 でぼかした産衣
を着て、長福丸は二つの拳をおとがいの下へならべていた。視線をおおどかに客から天上へながしていった。 元康はどきりとした。 これはまた、何とよく駿府に残して来た竹千代に似ていることか。 (血筋は争われぬ) その感慨と一緒に、またしても竹千代と再会する時の有無が頭をかすめていった。 母も十六年ぶりでわが子に会った。自分たち父子にもまた、そのような宿命がまつわるついていそうな気がする。 「よい子じゃ!」 元康はそう言っただけで、それが、竹千代に似ていることは洩らすにしのびなかった。 「どれがいちばん、元康の幼顔に似ていようか」 於大に笑顔をむけて長福丸を乳人にかえした。 「はい。長福がいちばん似ているように存じまするが」 「そうか、長福がの」 ホッと吐息をもらしたとき、 「えらい雨じゃ。竹林にあたる風がたばしるような音をたてている」 酒肴を用意させた久松佐渡守俊勝が、猪首
を前へおとした胴丸姿で入って来た。 |