むろん三人に依存のあろうはずはなかった。 濃姫はすべてを計算している落ち着き方で、 「それでは指図いたしまする」 と、きっぱり言った。三人ともそれを待つ顔になって輪をちぢめた。 「殿討ち死にの場合には・・・・」 「討ち死にの時には?」 「ほどなく敵がこの城を囲もうほどに、それぞれ薙刀
とって一戦のこと」 お茶々の方は大きくうなずいたが、お類の眼はあやしく騒いだ。子たちのことを心配している ── 濃姫はそれにとらわれまいとして、 「殿はご武勇の大将ゆえ、奥が乱れていたとあっては末代までの辱
じになります。といって、一戦のあとの指図はいたしませぬ。無為に降らぬ女の意地を見せた後、討ち死にもよし、落つるもよし・・・・」 「御台所
さま!」 お類はきっとした面持ちで、 「その時お子たちは?」 と身をのり出した。 「子たちは・・・・」 言いかけて、濃姫は、子供の視線が、いっせいに自分の方へ注がれるのを意識しながら笑って見せた。 「私が最期を見とどけまする」 「というと、城を枕に?」 「さあそれは・・・・敵の囲みを見とどけたうえ、美濃へ落とすやも計られず、あるいは誰ぞ家臣の手にゆだねることがあるかも知れず・・・・」 「御台所
さまは、そのあとで何となさりまする」 深雪はそれが心配らしく、以前の侍女の顔にかえってすがるような眼になった。 濃姫は笑顔をしめして、 「知れたこと、殿のあとを追いまする」 と、きびしく答えた。 「では、それぞれ用意を」 三人は硬
い表情で、各自の部屋へ立っていった。と、入れ違いに濃姫の命じておいた信長の動静を知らせる第一の注進があわただしく庭をぬってたって来た。 藤井又右衛門に言いつけて、足軽の中から選
りすぐった八人が、奥へ今日の戦況を知らせる伝令の役を命じられている。 最初に着いたのは高田
半助 という以前は熱田の漁夫だった。又右衛門の娘八重がそれを案内して来た。 八重はすでに白い木綿でたすきをかけ、額に男の用いる鉢金をあてていた。手には薙刀をひっさげ、手甲
の紅が朝日をはじいて勇ましい。 濃姫は八重の姿に微笑を投げて、 「殿はいずれへ行かれしぞ」 庭先へ片膝立ちで大息ついている半助を見下ろした。 「されば城門を出ると熱田へ行けと仰せられ、そのまま馬を駆けさせました」 「つづく人々は?」 「わずかに五騎、岩室、長谷川、佐脇
、加藤の面々。それに木下藤吉郎さま、くつわを取って街道を雲
を霞 と駆け出してござりまする」 濃姫は胸が騒いだ。続く者がただ五騎では・・・・いったい殿は何を考えているのであろう・・・・? 「よい、こなたも後を追って、こまかく見届け知らすよう」 「はっ」
と半助は駆け去った。 「奥方さま」 あとへ残ったお八重が声をかけたが、朝日を半面にあびた濃姫はその声さえも届かぬように、じっと虚空を見つめている。
|