注進は、松平元康とならんで鷲津の砦を攻めた朝比奈泰能からだった。 敵の守将織田玄蕃信平はよく防いだが、松平勢におくれをとってはと、朝比奈勢も猛烈に砦に迫って門を焼き、営柵を焼き払ってついに砦へ斬り込んだ。敵は防ぎきれずおびただしい手負いと屍体を残して、玄蕃もろとも清洲方面へ敗走。ここでも砦は泰能の手に入ったという知らせであった。 「でかした。が、元康は敵の守将の首級をあげたのに、泰能は討ちもらした。すぐ追えと、戻っていえ」 義元は軍扇をひらいて油汗をあおぎながら注進の者が去ってゆくと、思わず声を立てて笑っていった。 すべてがいささかの支障もない最上の予想の適中であった。 「幸先
よい。この分では、信長めも明日中には降るであろう。どれ、礼の者に会って見ようか」 勝戦となると 「礼の者」 はめっきり増える。何れの土地にあっても無力な土民はおのれを押えて新しい支配者に媚
びてゆくよりほかにないのだ。 こんどは十余人、郷代表が二人の僧侶と、一人の神官を真っ先にして、毛をむしられた羊のようにおどおどとやって来た。 「水野下野が領民どもにござりまする」 用人が取りつぐのを義元は大きくうなずきながら、 「安堵
いたせ。暴民蜂起のないよう十分に心してつかわす。せいぜい家業に精出すよう」 「恐れ入ってござりまする」 五十年配の僧侶が地面へ額をすりつけるようにすると、右わきの神官が、よく徹
る声で言った。 「駿府のお館
さまはおん徳高き方と噂にうけたまわり、土民ひとしく心の中で欽慕
いたしておりました。つきましてはいささかなりと軍旅のお役に立ちたいと念じ、ちまき五十荷
、握り飯二十俵心を込めて焚き出してござりまする。時分もどうやらお昼、ご笑納下さればありがたく存じまする」 「なに、わざわざ粽
と焚き出しとを・・・・それは心利
いたること。そうであった。もはや正午に近い。喜んで納めよう」 「ありがてく存じまする」 神官が頭を下げると用人は目録を持って義元に言い添えた。 「そのほかに酒肴
たくさん持参いたしました。神妙なことに存じまする」 義元は、また鷹揚
にうなずいた。昼に近いと知って水
さん の助けをする。それに酒肴まで添えて。 その心利いた総代の一人、うやうやしく口上を述べた男は熊の若宮、竹之内波太郎だったが、義元は一行が去ってゆくと、 「この窪で昼食
せよ。この暑さでは保存はかなうまい。礼の者の進物みなにわけて取らせ」 そう言った後で、自分でものっそりと輿の中から立ち上がった。 「床几
を持て、日蔭 をえらんで、予もしばらく休息する」 前方の行進はすでに停まっていた。近侍が義元を助けて木蔭に床几を据えてゆく間に、本隊五千の軍兵はこの窪のうちへ低きに流れる水のように、じょじょに詰まって昼食の支度にかかった。 |