義元は起き出すとすぐに身支
度 にかかった。肥
りすぎているので籠手 の紐
から脛 当
てまで、何もかも近侍の手を借りなければならない。 具足をつけて上帯を締めるのは二人がかりであった。そしてそのころからまた噴き出すように汗が出た。蜀江錦の直垂など見た眼はいかにも壮厳であったが、暑さは内にこもって、着なれぬ者なら気が遠くなったに違いない。 それをきちんと着け終わって唐櫃
に持参の豹 の毛皮を敷かせ、悠然と腰をおろしたとき、第一の注進が前線から届いて来た。 夜明け前に丸根の砦へ襲い掛かった松平元康の軍勢が、城門を開いて討って出た敵将佐久間盛重の勇猛にあって苦戦中だという知らせであった。 「何の盛重ごときが、元康に申せ。一歩も退くなと!」 義元の寝不足の眼には、はげしい光がよみがえった。元康危急の場合大高城より鵜殿長照が討って出て、ただちにこれを救援するよう手当てを命じ、自身も急いで沓掛を出発した。 時に五ツ
(午前八時) すぎ。またしてもやって来ていた 「礼の者」 には会おうとせず、本隊は鎌倉街道をそのまま西に向かって粛々
と進んで行った。 天候はいぜんきびしい。 梅雨を通り越して、そのまま孟夏に変わったような油照りだった。 「さしずめ一夕立ほしいという気候だな」 「これで今年はから梅雨と決まったぞ」 「風がないのがたまらない。このあたりに比べると駿府の気候は凌
ぎよいな」 大将が厳然としているので、誰も彼もがきちんと具足を正している。 今日もいちいち斥候を出しては行く手の安全を見定めて進むのに変わりはない。その点では一点の杜撰
さもない合理的な進軍だった。やはて一行は落合
と有松 の間にある大脇
、俗にいう田楽 ケ窪
にさしかかった。 |