元忠はまっすぐに竹千代を見たまま、 「国表から使いの者が着きました。お目通りを願い出ておりまする」 「なに国表から・・・・」 竹千代はまたちくりと針を感じて、眉間
に癇 の筋を立てた。 「何事か、そなた聞いておくがよい」 元忠はしかし、退かなかった。不敵な眼をしてじっと竹千代を見つめたままだった。 「元忠!」 「はい」 「わしの言葉が聞こえぬのか。今日は不快じゃ。そち、代わりに会っておけ」 「わが君
──」 と、元忠は竹千代の言葉の終わらぬうちに、 「国許では家臣一同どのような想いで生きているかご存知でござりまするか」 「なにッ? そちはわしにさからうのか」 「さからいまする」 元忠はぐっと膝をすすめて冷然と言い放った。 「家臣一同、胸を開いて息もせず、頭を上げて道も進まぬ・・・・その生き方のわからぬ君ならばさからいまする!」 竹千代は燃え立つような眼で元忠を見返し、元忠もまばたきもしなかった。二人の少年の眼は火花の散る激しさで空間に斬り結んだ。 「元忠!」 「はい」 「そちは、家臣が、わしの為を想うて、駿河衆に気をかねているというのであろう」 「違いまする!」
と、元忠ははね返した。 「君のためを想うだけで、あのような屈辱
に甘んじられるものではござりませぬ」 「これは異なこと。では誰のための辛抱じゃ」 「戦があれば戦陣を言いつけられ、父を失い兄を送り、子を討ち死にさせながらその日の食にこと欠いても、歯を食い縛って駿河衆に土下座する・・・・野戦では一方の勇将が髪結のもとゆいまで節し、藁で束ねて鍬
を揮 う・・・・その姿が君には見えませぬか。これをただ君のためとご解釈なされまするか。元忠はそうは思いませぬ!
わが君のお心に希望をつないで、すがっている姿! すがるものがあるゆえに出来る我慢と存じまする」 「なにッ?」 「わが君のためではのうて、わが君が、家臣一党と同じくご辛労
なされている。それをよくご存知と思えばこそ、先に希望もつなげる道理。その家中からの使いに、なぜ喜んでお会いなされませぬ。そちたちの苦労、この竹千代にはよく分っている。辛抱してくれとなぜ一言仰せられませぬ」 そう言うと元忠はきびしい姿勢のままポロリと膝に涙を落とした。 竹千代はブルブルと震えながら、しばらく無言であった。 今にして、鳥居のじい
(忠吉) が、わが子の元忠をわざわざ駿河によこした意味がうけとれた。 「家臣一統に借りのある主君を暗君といい、家臣にすがられ、その信にこたえてゆくのを明君と、この元忠は存じまする。それでも代わりに会えと仰せられ、また借りを重ねまするか」 竹千代はそっと元忠の視線を避けてわきを向いた。そうだ。ただ想われるだけでは借りになる。すがられて、すがり甲斐
のある君ならば、これこそ自然の君であろう。 「元忠 ──」 と竹千代の声は和らいだ。 「国許からの使いというのは誰だ」 「はい。本多忠高が後家でござりまする」 「なにッ、本多の後家・・・・」 |