竹千代はわが声におどろいて、 「会おう。そちのいうこといちいち道理じゃ。あおう」 と、早口に言い足した。 流民
── と思った本多の後家が、わがもとへの使者であろうとは。道中の危険も考慮に入っているであろうが、それにしても、あの身なりはあまりにもみずぼらしかった。 家臣にあのような苦労をさせて・・・・というよりも、やっぱりすがられているのだと思うと、両の肩へずしりと荷を感じる。 「──
重荷が人をつくるのじゃぞ。身軽足軽では人は出来ぬ」 折あるごとに聞かされた雪斎和尚の言葉が、ピシピシ胸を打って来る。 元忠は出てゆくと間もなく本多の後家と子供を連れて入って来た。 うしろには祖母の源応尼も柔和な顔で数珠
をつまぐりながらついて来た。 「おう、本多の後家か・・・・遠路ご苦労であった」 後家はまだ竹千代の顔を見なかった。敷居ぎわに両手をついて、 「お変わりのう、わたらせられ、恐悦
しごくに存じまする」 感慨
あふれて涙をふくんだ声で言った。と、これもよく教えられて来たのであろう。 すぐさっき別れたばかりの子供が、きちんと両手をついて頭を下げる。 竹千代はぐっと胸が切なくなった。 元忠はと見ると、これも脇を向いて唇をかんでいる。 後家はさっきのむさくるしい布子は、これも継ぎのあたった形ばかりの小袖に着かえ、髪の乱れを直していた。見違える
── とまではゆかなかったが、勝ち気に生き抜く女の気品は若さの裏で光っていた。 「まず、久松
佐渡守 さまの奥方の、ご口上から申し上げまする。日常さぞ不自由におわしましょうが、必ず必ずお力落としのう、お心広くお持ちなされまするようにと・・・・これは奥方さまからのお届け物・・・・」 いいなふぁら夏に要るかたびら三枚を取り出して、はじめて後家は 「あっ!」
といった。 さっきわが子を背負ってくれたのが、竹千代だったと気づいたのだ。 「あなたさまは先ほどの・・・・」 竹千代は手を振った。そして、差し出されたかたびらの一枚を取って、 「これをな、この夏、その子に着せてやれ。わし一人で着ては冥加
にあまる」 一瞬後家はポカンとしていた。 が、すぐその次には竹千代の言葉の意味がわかったのであろう。ワーッと声をあげてその場に泣き伏した。 「もったいない!
もったいのうござりまする。この子は・・・・この子は」 竹千代はあとを引き取って、 「運のいい子じゃ。生まれて初めて、わしがおぶった。来てみよ。抱いてやろう」 子供もそれがさっき焼き米の袋をくれた相手とわかったのであろう。のこのこと立って来て、竹千代の膝にとんと腰をおろしてゆく。 「これ平八・・・・」 後家があわてて手をふると、源応尼は笑いながら後家を制した。 「遠慮はいらぬ。この子もまた竹千代が片腕で・・・・のう、親子三代働く子じゃ」 鳥居元忠は、わきをむいたままそっと眼頭を指でおさえた。
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