呼び止めた女は年は二十四、五であろうか。百姓とも武士とも見わかぬもの腰で、腰には短い刀を差し、着ている布子
は継ぎはぎだらけらった。 連れている子供はと見ると、これは目と耳とが際立って大きく、栄養の足りない頬が陽やけに光って、乞食
のように見すぼらしい。 しかもその女は片手に子供の手を引いて、背にはボロボロの布につつんだ包みを背負っている。 「ほう・・・・」 と竹千代よりも先に伝心が立ち止まった。 女の腰に刀がなければ、乞食の引越しとでもいいたい姿だった。 「だいぶ長い旅をして来られたようじゃが、おぬしは武士の内儀じゃな。問いたいことというのは?」 「はい。駿府の少将の宮町へ参る道をうかがいとうござりまする」 「少将の宮町・・・・」 言いながらちらりと竹千代を振り返って、 「なぜ本海道から堂々と入られぬ。近道はわかりにくいぞ」 「はい。ご覧のとおりの足弱をつれておりまするのでな」 「そうか。おぬしは三河のようじゃの。少将の宮町ならば歩きながら教えて進ぜる。どなたのお屋敷をおたずねじゃ」 女はちかりと警戒するように伝心を見て、 「はい。智源
院 と申す小寺へ参りまする」 「ほほう。智源院か。智源院ならば行く知っている。住持
の智源どのも、境内
の庵 にすむ源応尼どのも・・・・」 そう言ってから竹千代に近寄って、 「見覚えないか?」
と小声でたずねた。 竹千代はかすかに首を振った。見たようでもあり見ないようでもあって思い出せない。 「よしよし、おぬしその子をおぶってやれ。ひどく疲れているようだ」 竹千代は一瞬ちょっと立ち止まり、意を決したように子供の前へしゃがんだ。 「おぶってやろう。わしも同じ方向へもどるのじゃ」 子供は遠慮しなかった。よほど疲れているとみえ、白くかわいた鼻汁の頬をぶつけるようにしておぶさった。
連れの女はくどくどと礼をのべてから、 「少将の宮町には、岡崎の松平竹千代さまもおいでのようにうかがいましたが」 と、さぐるように言いだした。 「うん、いるいる。いるぞ」
と伝心だった。 「いぬしも何かゆかりの人かの」 「いいえ」 と女は首を振った。 「良人の生きているうちは、ご縁もございましたが・・・・」 「ほほう、するとおぬしは後家ぐらしか」 「はい」 「では、松平家があのようなことになったので、生計にも困るというところかの」 「はい」 わしも以前に岡崎へは足をとめたことがある。おぬしの亡夫は何と申された」 「女はまた警戒するようにちかりと伝心を見てから、 「本多平八郎と申しました」 「ほほう、本多平八郎どのが後家か。するとこの子はその息子。いずれは平八郎を継ぐ子であろう。そうか、そうであったか・・・・」 いく度かうなずいたあとで竹千代を振り返った。 「よい子をおぶった。音に聞こえた勇士の子じゃ。おぬしもそれにあやかれよ」 竹千代は両眼を真っ赤にして、ぷいと脇をむいて歩いた。 |