濃姫がけわしい眼をして信長を見つめていると、 「若でござる。信長さまでござる」 と、政秀がささやいた。 濃姫の表情に、さっと狼狽
の色が動いた。体を少し斜めに引いて、驚きと警戒とが思わず全身ににじんでいった。 「はっはっは」 と信長は笑った。 「おぬしの体には羞恥
が見えぬ。この信長の寝首をかきに参って、肚
の底を見破られたような眼の色じゃ」 「これっ若! お言葉が・・・・」 と、政秀がたしなめたが、そんなことで言葉をつつしむ信長ではなかった。信長はぐいっとひとひざすすめて、 「おぬに、この信長の守
が一生出来るか?」 濃姫はその眼をきっと見返して、 「濃姫は子守に来たのではございませぬ」 と、言い返した。 「子守でのうて何しに来たのじゃ。ままごとに参ったのか」 「信長さまの正室に」 「小賢
しいぞ。正室とは何をするのじゃ」 「城の奥の支配一切、他人に手は焼かせませぬ」 「ほほう。これは大した度胸じゃ」 信長はニヤリと笑って、 「年を食ってござるだけにいうことが凝っている」 「これ若ッ!」
と政秀がたしなめたが、信長は毒舌をやめなかった。 「よくよく親父にいいつけられて来たと見える。が、奥はおぬしの思いのままになるであろうが、この信長はちと違うぞ」 濃姫の眼にはうっすらと涙がにじんだ。だが、これもさうがに道三が、身内もつkrずにこの城へ送り込んでくる姫ほどあって、負けてはいなかった。 「そのこともよく父からうけたまわっておりまsyる」 「どううけたまわった?それを聞こう」 「なみなみならぬうつけ者ゆえ、そなたとはよい相手であろうとうけたまわりました」 「なにッ」 きらりと鋭く信長の眼がすさんだ。 「するとおぬしもうつけ者かッ。おれに負けぬうつけ者か」 「はい、うつけ者同士、美濃と尾張の」 「わッはッは・・・・」 突然信長は体をゆすって笑い出した。 いつの間にか大広間には家臣がずらりと居流れて、新しい姫を迎える準備がととのうている。 信長の生母の土田御前が、 「お着替えを・・・・」
と信長の耳に口を当ててささやくと、信長ははげしく首を振った。 「衣裳が婚礼するのではない。うつけ者にはうつけ者の作法がある」 「でもそれではあまりに・・・・」 「お構い下さるな。これでよいのだ。用意がよくば盃を持てッ」 土田御前は悲しげに首を振って自分の席へもどってゆき、平手政秀の眼くばせで、銚子
をささげた二人の少女が、まだキラキラと目を光らしている花嫁の前にすすんだ。 「いざお盃を・・・・」 その声で、居並ぶ家臣がシーンと頭を下げたとき、 「待てッ!」
と、信長はまた大声をあげて手を振った。 |