「あの槍を祝いにくれて、返礼に馬をせしめようというのか竹千代」 「竹千代はうなずく代わりに、またひとひざ信長にすり寄った。 「馬を下され。一頭でよい!」 「一頭でよいと・・・・」 「うん、二頭ほしいところじゃが、一頭でよい」 信長はしばらくあきれたように竹千代を見つめていたが、やがてまた、はじけるように笑い出した。 「抜け目のない小倅め。この信長の気性をのみこんでゆすりくさる。負けたわおぬしに。よしよし一頭だけじゃぞ」 「お礼を・・・ありがとう」 竹千代はきまじめに頭を下げた。 そこへ天野三之助がうやうやしく物干し竿を捧げて来た。 「わが君よりのお祝いでござりまする」 「うん」
と言って信長はその竿を受け取り、笑いながら三之助の胸元にぴたりとそれを突きつけた。 「これを槍じゃといいくるめる。この二間以上もある物干し竿を・・・・」 いいかけて、ふと信長の眉
がしまった。 「三之助」 「はい」 「そなたその太刀を抜いて、この信長にかかってみよ。遠慮はいらぬぞ」 「はい」 三之助はつかつかと縁に戻って刀を取って来た。そしてそれをすらりと抜くと、小さな足を大きく開いて物干し竿の向こうに立った。 「それ、斬って参れ」 信長は窓に腰かけたままだった。ぴたりと竿を水平に構えて、三之助のまわる方向へジリジリと竿を移した。 「えっ!」
三之助が気負った声で太刀を振り下ろした。信長とは程遠い位置で、それは竿に挑む形になる。信長はそれを黙ってパチンと切り落とさせた。 槍を手元に引く代わりにそのまま向こうへ突いて出ると、切られた竿は三之助の胸元へハッシと食い入る理窟であった。 切った三之助が
「あ──」 とうしろへ飛びすさるのと、信長ががらりと竿をほうり出すのと一緒であった。 「竹千代、もらったぞ!」 と、信長は立ちあがった。 「なるほどこれは実戦の武器になる。手槍でのうて、二間柄
の槍隊を作ってみよう。馬は引き受けた。また会おうぞ」 来る時も唐突
ならば、帰りもまた疾風
に似ていた。例の竿を投げ捨てたまま信長はパッと庭に飛び降りると、あとをも見ずに自分の乗馬に近づいた。 逞しい連銭
葦毛 の逸物
だった。その手綱を椎の幹から解くより早く、ひらりと信長はまたがった。もううしろの竹千代も意識にないのに違いない。鷹のような目をすえて、 「そうだ、二間柄の槍隊を・・・・」 そうつぶやくとビシッと馬に鞭をくれた。 竹千代はそれを縁から見送った。依然感情は顔にない。が、彼の幼い眼は、焼け付くように信長の乗馬姿にそそがれている。 「馬ができた・・・・馬ができた・・・・」 彼は同じことを二度小さく口の中でささやいた。 |