またひとしきり、縁では瓜を食べる音が続いていった。 「竹千代」 「うん」 「おぬし、瓜とこの信長とどちらが好きじゃ」 「両方とも」 ハッハッハ、抜け目のないことを申す。だがな、おぬしも、もう少し経つと嫁御がほしくなってくるぞ」 「嫁御はどこからもらわれる?」 「美濃のな、斉藤道三
と申す食わせ者の娘じゃ」 「斉藤道三は食わせ者か」 「おお、そなたを年取らせたような、ずるい奴じゃ」 「竹千代はずるくない。で、嫁御はいくつじゃ」 「十八じゃ」 「ふーん」
と竹千代は首をかしげて、 「信長どのは?」 「おれか、おれは十五だ」 「嫁御は、年上の女子
で、食わせ者の娘がよいか?」 「な・・・な・・・なにッ!」 信長は瓜のしっぽをパッと口から吐き出してびっくりしたように竹千代を見直したが、やがてその無心にたずねる眼に合って、 「アッハッハッハ。こりゃおかしい」 と、腹を押さえて笑い崩れた。 「そうじゃそうじゃ。嫁御はな、食わせ者の娘がよい。そなたも大きゅうなったら食わせ者の娘を娶れ」 「うん。それで婚礼はいつなされる」 「婚礼は今日じゃ。これからじゃ」 「ふーん」 「それでな、小手調べに津島
の祭礼へ出て行って、思い切り百姓どもを投げ飛ばして来たところじゃ」 「すると・・・・、嫁御は投げ飛ばすものか」 信長はまたあきれたように竹千代を見直した。 「竹千代、おれが竹千代を好きになったわけがわかったよ。そうじゃ、おぬしの言うとおりじゃ。嫁御などと申す者は投げ飛ばすものじゃ」 「ふーん」 「投げ飛ばさねば投げ飛ばされる」 「そんなに強いものか」 「強いとも、食わせ者の娘だからな。もっとも、こっちも強いな。おぬしは近ごろめっきり大人になったゆえ分るであろう。今川家の総大将、雪斎禅師がおぬしの岡崎城に入ったということは、織田家との間に、いよいよ大戦
が始まるということじゃ。そのときに美濃からも攻められてはたまるまい。そこで、こちらも攻めさせぬように嫁御を預かっておこうというのだ」 竹千代は三之助の差し出す布で両手を拭きながらじっと信長の口もとを見つめていたが、やがて大きくうなずくと、何を思ったのか、小鳥の籠を引き寄せてその口を開いてやった。 「どうするのだ、竹千代」
「逃がしてやる」 と、竹千代は言った。 「小鳥遊びは優しすぎる。竹千代は籠の鳥ではない。竹千代は、父がなくても、城がなくても大将じゃ」 信長はポンとひざをたたいて、また大きく笑い出した。 |