「竹千代、元気か」 庭先から声をかけられて、小鳥の籠
を無心に覗き込んでいた竹千代は、むずかしい表情のまま顔をあげた。 信長が今日もまたもとどりを奇妙な茶筅
に結い上げ、腰にまくわうりの袋を下げて立っていた。 すでに季節は夏に入って、椎の梢
で灼けつくような油蝉
が鳴いている。 「竹千代」 「うむ」 「おぬし、その小鳥遊びをやめたらどうじゃ」 「なぜ?」 と、視線を相手にすえた。 「また、竹千代のなぜが始まったな。おぬし、この信長の家来
たちがおぬしのことを何と呼んでいるか知っているか」 竹千代は知欲に燃えた視線をそのまま、微
かに首を振ってみせた。 「知るまい。岡崎の城なしッ子はな、籠の鳥とばかり遊んでいると申すぞ」 信長はそこでピョンと縁に飛び上がり、股
を開いて釣鐘窓に腰かけた。 竹千代はその両脚についた泥を仔細
にながめたあとで、 「竹千代は相撲
はきらいじゃ」 と言い放った。 信長は苦笑した。苦笑しながら腰の袋をはずして、 「その嫌いな相撲に勝ってな、これ、このとおり百姓どもから初瓜をもらって来たわ。おぬしもかじれ」 竹千代はほうり出された袋をまたしばらく眺めていたが、やがてその中から、一番よい瓜を三つ選んだ。あとには小さなのが二つ残っただけ。 「おいおい、そんなにやるとは申さんぞ」 「でも、三つなければたべられぬ」 「なぜ?」
と、今度は信長だった。 「欲張った小倅じゃぞ、おぬしは」 竹千代はそれには答えず、 「三之助 ──」 と呼んで、三つの中の一番小さいのをポンとほうり、 「コ千代」
と、次のをやって、自分は一番大きな瓜にがぶりと前歯を立てていった。 「いただけ。あまいぞ」 「アッハッハッハ・・・・」 信長は大声をあげて笑い出した。 「おにしは油断のならぬ子倅じゃ。この信長が汗を流してかせいだ瓜をさっさと自分の家来どもに分けくさる。わしはこの小さいやつを食べるのか」 「その代わり二つあるゆえ、よいであろう」 「あほうめ、小さい瓜二つより、一番大きなやつ一つの方がずっとうまいわ。それをちゃんと知ってくさる」 竹千代ははじめてニコリと笑って、うまそうに滴
る汁をすすっていた。 「なあ竹千代」 「うん?」 「おぬしの奪られた城へな、こんど今川の総大将、雪斎と申す生
ぐさ坊主が入って来たぞ」 竹千代はちらりと眼を上げたが、またそのまま瓜をすすりつづける。 「それでな、この信長もいよいよ嫁御
を迎えることになった。どうだ。おぬしはまだ嫁はほしくないか」 竹千代はべつに返事はしなかった。 |