於大の輿が、熱田の加藤図書
の屋敷へ入ったのはすでに斜陽が色づきだしたころであった。 広忠の意地によって見捨てられ、織田信秀の意地によってさらし首にされようとしている運命の子。その子がおかれてある屋敷ゆえ、どのように厳重に警固されていることかと思って来てみると、それは案に相違して、ひっそり夕陽の中に静まり返っていた。 六尺棒をかかえた足軽が二人、門を固めているだけで、物々しさはどこにもない。低い築地
塀 をめぐらして、庭はさびた木立になっている。楠
、椎 が多く、ここだけには蕭条
とした冬の近さの感じはなかった。 すでに到着していると見えて、二様の駒がこれだけは葉を落とした青桐の幹に繋がれている。 式台に輿をおろしても出迎える人すらなかった。そして奥とは逆に小者が於大の前へ草履
を揃え、平手政秀が先に立って二人は庭先へ廻った。 「ここの離れにござるが・・・・」 政秀はしずかに土をふみながら、 「相手に身分をさとられませぬよう」 於大はうなずいてついていった。 「小さな四ツ目垣が奥との仕切りに結
いまわされ、柴戸が開いたままになっていた。 二人がそれを入ると古びた平家の離れの縁が眼に入った。古風な書院作りになっていて、つりがね窓に人が腰かけている。信長だった。 前田犬千代は縁に腰かけ、それと向かい合う位置に子供が三人何かを覗き込む姿勢で輪になっていた。 近づくと、縁に座った一人が、色紙を折っているのを覗き込んでいるのであった。 於大は立ち止まりたくなった。身なりは同じようだったし、髪形もよく似ている。どれが竹千代なのかわからぬままに近づくのは怖ろしい。 が、平手政秀は同じ歩調でゆったりと縁に近づく。於大もそれに従うよりほかなかった。 「どうだ、うまく折れたか」 信長がつりがね窓に腰かけたままで、色紙を折っている少年に言うと、 「もう少しじゃ」
と、その少年は答えた。 「この襟のところへ赤と紫と黄と三本縞
を作るときれいに見える」 少年の作っているのは紙雛
らしい。いまその羽織の襟を工夫しているところらしかった。 於大はとうとう縁へたどり着いた。色紙を折っている子と、それを見ている二人の子供の顔をかわるがわるに見比べた。 子供たちも信長も、於大や政秀を無視したままで振り返ろうともしなかった。 「竹千代は根気がいいのう」 と、信長が言った。 於大はどきりとした。紙雛を折っているのがわが子らしい。が、竹千代は答えなかった。また小首をかしげては、襟にさまざまな色が並ぶようにと考えている。 於大はその顔に両手をかけて、わが方へ向け変えたい衝動
を覚えた。というのは折り紙に熱中していて、於大の眼に入るのは竹千代の額だけなのだ。 (竹千代!母じゃ、母がそなたのすばに立っているのがわからぬのか・・・・) 於大が唇を噛んで竹千代の手元を見つめていると、竹千代ははじめてふっと顔をあげた。
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