やがて犬千代の知らせによって平手中務
大輔 政秀がやって来た。 政秀はいまではこの那古野城の若き
「大うつけ者 ──」 に、林新五郎、青山三左衛門、内藤勝助の三人とともにつけられた四家老の一人であった。 彼は信長の居間へ入って来ると、 「殿にはお支度を」
と命ずるように言い、信長が立ってゆくと、 「佐渡どのよりお手紙がござろう」 と、小さな声で於大に言った。この家老はまた自分の手で育てて来た 「大うつけ者
──」 の心をぴたりと見通していると見え、久松佐渡の手紙を受け取って読みながら、 「ご助命はわざわざされぬがよい」 と、独言のように注意した。 「ご気性がご気性ゆえ、人に指図されると必ずつむじを曲げてござる。お委せするゆえ、よろしくとな」 於大はこの主従がうらやましかった。うつけ者と見せかけてどこかに非凡なひらめく気禀
をかくした信長。真昼の短檠
のようにあえて光らず、そのくせ分別に一分のすきとてない政秀。 「竹千代にもこのような師傳
があったら・・・・」 思わずそれを考えたとき、信長はもうつかつかと居間へ入って来た。 「爺 ──」 「はい」 「お身は久松佐渡とはじっこんだったな。内儀は今日、お身のもとへ泊めてやれ」 「心得ました」 「出かけよう。遅くなる。犬千代!
馬をひかせたか」 犬千代は、いつもすねているような面構えで、言うまでもないここと、こくりとした。 「内儀の輿は?」 「むろん、用意いたしました」 「むろんは余計じゃ。馬より先に到着するよう駆けろといえ」 犬千代が心得て駆け出すあとから、信長、於大、政秀の順で玄関へ出て行った。 今度の馬はざれ馬ではなかった。連銭
葦毛 のたくましい馬格。それが午後の陽ざしの下でしきりに足
がきをつづけている。 玄関へかかると、また子供のように走り出して、その馬にまたがった。 「あっ!」 という暇もない。乗るのと駆け出すのとが一緒だった。犬千代は政秀に眼くばされて、これもひらりと栗毛の駒にまたがった。 二条の突風! だが、誰も驚かない。信長は一切の習慣、礼儀を無視しているというよりも、それら一切に反逆して、自我のあり方を確認しようとしているようであったし、それを許しておく信秀の考え方もいぶしかった。 「いざ、これへ」 信長たちがどんなに気ままに行動しても、政秀は落ち着き払ったものであった。彼は於大を輿に講じ入れると、自分もまた馬にまたがった。そして於大のわきにコトコトと付き添い、城門を出るのである。 於大は急に胸をしめつけられるよな気がして来た。 (三つの時別れた竹千代と、三年ぶりに対面する) その感慨が心臓の鼓動を早め、のどを渇かせ、眼頭を熱くさせてゆくのである。
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